This room is for the exhibision of British civil aircrafts during the wars.
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Westland Widgeon / 1927

1930年代の英国ではすでに航空機を個人的な趣味とする階層が育ちつつありました。一般民間人が当たり前のように飛行機を所有し、操縦を楽しむ時代。そうした時代の萌芽に合わせて、老舗のWestland社が開発した可愛らしい軽飛行機がこの機体です。Widgeonという名前をもらいましたが、これは英国の田舎ならどこにでも見かけることのできるヒドリガモという野生の鴨のこと。残念ながらこの鴨はデヴューのすぐ後に発売されたDeHavillandのモス(蛾)シリーズに圧倒的な差をつけられ、ごく少数しか生産されませんでした。 [Airframe /vacuformed]


DeHavilland DH88 Comet "Black Magic"/ 1934

1934年に開催された、マックロバートソン競技会に参加した機体。このレースは英国本国からオーストラリアまで飛ぶという世界でも類を見ない長距離レースでした。このレースには同型機のコメットが3機参加。優勝した紅の"Grosvenor House"号は最も有名で、現在も飛行可能な状態で英国に保存されています。今回作ったのは、大西洋単独横断で有名な"空飛ぶスコットランド人"、ジム・モリソンの操縦でレースに参加した、黒づくめの"Black Magic"号です。 [Airfix]


Miles Falcon/ 1935

新興の航空機メーカーMiles社のヒット作。クリーンな低翼単葉で固定脚を特徴のあるスパッツで包み込んだ近代的なフォルムです。1935年の英国におけるキングスカップで優勝して、一躍有名になりました。Miles社はその後英国空軍のために、優秀な練習機をいくつか開発しましたが、その後設計した戦闘機がことごとく惨めな失敗。戦後まもなく会社はハンドレイページ社に買収されました。 [Dujin / resin]


Airspeed AS.5 Courier / 1934

英国の長距離飛行家アラン・コバム卿が、インドまでの冒険飛行のために発注したのが本機。当時としては最先端の技術である引っ込み脚を採用した先進的な設計が注目を浴びましたが、本来の用途には使用されず、乗客6人を乗せた短距離旅客機として活躍しました。エアスピード社は、本機が注目されたのに続いて、双発のエンボイを後継機として開発し、さらなる成功を収めますが、その発展型練習機オックスフォードを英国空軍に採用された以降は、目立った成功作はなく、戦後間もなく消滅します。 [Rug Rut Resin / resin]


Percival P6 "Mew Gull" / 1938

実機が小型なので1/72スケールとは信じられないくらいに小さいのがこの時代のレーサー機の特徴ですが、この英国製のレーサーも、よく大柄なアングロサクソンが乗り込めるもんだ、と不思議になるくらい小さな機体です。一連のGullシリーズで一世を風靡したPercival社が送り出したおそらく最後となる名機。1938年のKings Cup Raceでは、3機出場した本機が1,2,6位に入るという輝かしい記録を打ち立てました。小馬力エンジンなのに、最高速度は時速425キロを誇る切れ者です。 [DEKNO Models / resin]


Short Mayo Composite / 1938

1930年代は、大西洋を越えた民間旅客輸送をいかに商業的に実現するかを、各国が競った時代でもありました。この分野で一歩リードしていたはずのフランスは、大型飛行艇の開発にもたつき他国の肉薄を許します。ドイツは巨大飛行艇ドルニエDOXの開発で一気にその差を縮めようとしますが、そのあまりにも巨大な身体を支えるにはエンジン馬力が不足して試験飛行に失敗。イタリアは端からエンジン開発そのものが出来ずに挫折となりました。
英国は大きな期待を背負ったショートS23エンパイア型飛行艇が、大西洋ルートにはわずかに能力が足りないことが判明。そこで産み出されたのが、この前代未聞の親子飛行機です。小型の水上機S20 Mercuryを背負った母機飛行艇S21 Maiaが大西洋上を途中ルートまで飛行し、そこからS20を発進させ目的地に到達する構想で、試験飛行は見事に成功しました。しかしさすがにこの方式を商業ベースに乗せることは無理で、このプロジェクトはこれ以上進展しませんでした。
[Historic Wings / vacuform]


Gloster III A / 1925

フロートを着けた水上機が地球上で一番早い乗り物だった時代、そのスピードを競う国別対抗レースとして参加国の熱狂的な注目を集めたのが、シュナイダートロフィーカップです。同レースでの英国機と言えばまず第一にスーパーマリンS6Bが挙げられますが、このGloster社のマシンも1925年の米国バルチモアで、ドゥリトル操縦のカーチスの後塵を拝したとはいえ、2位に食い込むという立派な成績を修めています。思い切って切り詰めた翼と、頭でっかちのネイピア・ライオンエンジン、それに下翼前縁に装着された巨大なラジエーターと、特徴だらけの印象的なマシンです。 [Karaya / resin]


Short Crusader / 1927

飛行艇や大型爆撃機など巨人機の製作に強みを発揮したショート社が、意外にもシュナイダートロフィーカップ用の水上レーサーを開発していたとは知りませんでした。野心的な大馬力エンジンを搭載し1927年のレースに参加したものの無念のリタイア。同朋のスーパーマリンに名を成さしめる引き立て役の立場しか演じられませんでしたが、そのスタイリングは結構美しく、特徴的なエンジンカバリングとともに、なかなかインパクトのある機体です。ショート社はこの失敗に懲りてか、不得手なレーサー機には金輪際手を出さず、ひたすら大型機専門メーカーの道を歩むことになります。 [Karaya / resin]


Short S8 Calcutta / 1928

大英帝国の翼"インペリアル・エアウェイズ"が、本国とインド植民地を結ぶ長大な商業航空路の内、地中海ルートを担当するためショート社に発注した大型飛行艇。当時の航空技術の粋を集めた、英国航空産業の精華とも言える機体で、主翼は相変わらず古色蒼然とした羽布張りですが、胴体は英国最初の全金属製モノコック構造。この飛行艇に搭乗して真っ青な地中海上空を飛翔する旅は、限りなく優雅なものだったに違いありません。 [Contrail / Vacuform]


De Havilland DH80A Puss Moth / 1932

航空士を乗せない単独飛行によるリンドバーグの快挙の後、逆コースでの大西洋単独横断を初めて成功させた"空飛ぶスコットランド人"ジム・モリソンの愛機が、このプスモスです。一見華奢な軽飛行機で、キャビンの前半分が巨大なガソリンタンクで占められている以外は、およそ大冒険に使われそうないかめしいスタイルではありません。1932年8月、アイルランドを飛び立ったモリソンは目的地NYには届かなかったものの、見事に大西洋を飛び越えカナダ東北部ペンフィールドリッジに到達しました。 [VAMI Models/ resin conv.]


Supermarine Sealion II / 1922

水上機による世界速度競技会として最高峰の権威と人気を誇ったシュナイダートロフィレースで、1922年に優勝を飾り英国の誇りとなった機体です。地元ナポリで開催される1922年大会で、平均時速234.5km/時で見事に勝利。1920,1921年に続く3連覇を目論むイタリアの野望を阻んだのでした。眺めてみればどう見てもレーサーらしくないスタイリングですが、艇体の流れるような曲線美は名機スピットファイアにつながるミッチェル技師の真骨頂。第一次大戦が終結してまだ4年しか経っていない頃とは思えないほど、旧さを感じさせないフォルムです。 [Karaya/ resin conv.]


DeHavilland DH66 Hercules / 1927

1920年代に登場した大英帝国の巨人旅客機トリオのひとつ。帝国の象徴とも言える本国からエジプトを経由してインドに至る最重要路線のサービスを担いました。剥き出しの3発エンジン。吹き曝しのコックピット。オーソドックスで少しも奇異な線のない複葉羽布張り構造と古めかしいスタイリングですが、そこはデハヴィランド社の手堅い設計により信頼の翼となったのです。ただし同社はその後、モスシリーズなどの小型機分野を得意として、1930年代には全木製のアルバトロスを除いて、大型機の開発にはあまり熱心ではなくなりました。大型旅客機の分野にデハヴィランド社が戻ってくるには、戦後のあの有名なコメットジェット旅客機を待たねばなりません。 [Rug Rat Resin/ resin]


percivalgull Percival Gull / 1932

大戦間の英国で、民間の軽飛行機熱高揚をリードしたデハビランドのモスシリーズに対抗して、新興のパーシバル社が開発した軽飛行機が、ガルシリーズです。密閉風防による居住性の向上と機体各部のクリーンな仕上げが評判を呼び、一躍ヒット作に。航続距離の長さも認められて、多くの冒険飛行にも使われました。中でもニュージーランドの2人組、バッテンとヤングが1935年に、ロンドンからリオデジャネイロまで飛んだのは、本機のハイライトでしょう。 [Dujin /resin]


s4 Supermarine S4 /1925

水上機のスピードレースとして最も権威のある、シュナイダー・トロフィーレースの1925年大会に出場した、ミッチェル技師の野心作。単葉片持翼に木製モノコック胴体という革新的なスタイルで、レース前の下馬評は高かったのですが、本番前の飛行中、主翼の振動を起こして墜落。この年の優勝は地元米国のドゥーリトル操縦のカーチスにさらわれました。しかしこの苦い体験から、その後の大会で英国に3連覇をもたらす、S5,S6,S6Bのシリーズが誕生するのです。垂直尾翼のユニオンジャックがひときわ渋い美しい機体です。 [Vintage /resin]


s6bSupermarine S6B /1931

あの名機スピットファイアの設計者として有名なミッチェル技師の出世作。シュナイダー・トロフィーレースで英国に3連覇の優勝をもたらした栄光の機体。前作S4,S5をベースに、当時としては化け物のようなロールスロイスV12エンジン2350馬力を搭載した 怪物マシンです。それでも、宿命のライバルマッキと比べれば、数段おとなしい印象なのは渋い英国趣味によるものでしょうか。 [Frog]



hp42Handrey Page HP42 / 1935

巨人機を得意とするハンドレーページ社が、大英帝国の広大な植民地を航空路で結ぶという壮大な夢の実現を請け負って、世に送り出したモンスター旅客機。複葉の上下翼に2基づつ計4発のエンジンを装着するという独創的な配置により、異様な印象を受けますが、性能そのものは極めて穏当なもので、その就役中、一度も人身事故がなかったという誇るべきレコードも持っています。 [Contrail /vacuform]


dh88DeHavilland DH88 Comet / 1934

英国の名門、デハビランドの作った全木製長距離競争機で、英国・豪州間の飛行大会 マクロバートソンレース優勝により、一躍名機の仲間入り。二人乗りの操縦席が妙に 後ろに配置されていますが、その訳は?答えは、航続距離を増すために、操縦席から 前方は、特大のガソリンタンクにスペースを占領されているからです。 [Airfix]



DH84DeHavilland DH84 Dragon / 1933

モス・シリーズの成功の印象が強いせいか、デハビランド社と聞くと、軽量小型機のイメージが付きまといますが、20年代の中頃には、DH66ヘラクレスという大型旅客機を作ったこともありました。本機は久しぶりに同社が開発した中距離旅客機で、2基の小馬力エンジンを搭載しながら航続距離が長く、それなりのヒット作になりました。モデルは、本機の特徴に眼を付けた有名な冒険飛行家夫妻、モリソンとその妻エミー・ジョンソンが、大西洋横断飛行に使用した特別仕様の機体です。 [RugRut /resin]


DH60DeHavilland DH60 Gipsy Moth / 1930

ロンドンの下町の魚屋の娘、エイミー・ジョンソンが英国・オーストラリア間の冒険飛行に使用した機体。この時代すでに英国では、一般庶民でもその気になれば、飛行機のパイロットになれた訳で、またそういう人達のために本機のような手軽な軽飛行機が開発されていたのです。それにしても、こんなきゃしゃな機体で大飛行を平然とやってのけるなんてすごい。 [Frog]


DH82DeHavilland DH82 Tiger Moth / 1934

大戦間に隆盛を極めたデハビランドのモス・シリーズは、このタイガーモスの出現により、その頂点に達します。充分な翼間距離と、ほど良い食い違いによる絶妙の失速特性が、どれほど初心者パイロットを勇気付けたことか。後のバトル・オブ・ブリテンで英国を守った空軍パイロットの中で本機のお世話にならなかった者はまずいないでしょう。英国人が今もこよなく愛する、名機の中の名機です。 [Airfix]


VimyC2Vickers Vimy Commercial / 1920

空飛ぶ"ブルー・ホエール"と、これは私が勝手に付けたニックネームですが、丸々としたクジラのような胴体が楽しい、民間商業航空黎明期のクラシックな旅客機です。原型のヴィミーは第一次大戦に間に合わなかった爆撃機ですが、平和の時代になって、数々の冒険飛行を始め、こんなユーモラスなスタイルでお客を運んでいたんですね。 [Maquette]


DH86DeHavilland DH89 Dragon Rapide / 1934

トンボのように繊細な翼、ズボンをはいたような降着装置が、いかにも1930年代の ノスタルジーを誘う、愛すべき中距離旅客機です。英国には、いまでも飛行可能な本機があるのだそうで、いつか乗ってみたいと思っているのですが。 [Heller]


FairlyLRFairey Long Range Monoplane / 1931

大英帝国が航空のあらゆる分野で世界記録を保持しようと開発した、長距離記録機。1930年代に入ると、航空用エンジンの信頼性は格段に高まり、それまでの多発機に比べて距離を稼ぐための空力特性に優れた単発機が次々と世界長距離記録を塗り替えていきます。本機は1933年に英国から西南アフリカまで8595kmの世界記録を作った栄光の機体。 [Airframe /vacuform]


EmboyAirspeed AS6 Envoy / 1934

1930年代に斬新な単葉機を開発して突如英国航空産業に名乗りを上げたエアスピード社の出世作。前作の単発クーリエの好評により、本格的な近距離旅客機として発展させたこの機体は市場での評判もまずまず。わが国でも大日本空輸がライセンス生産しましたが、着陸時のルーピングという欠陥も後に指摘されました。 [RugRut /resin]


Bristol138Bristol 138B / 1937

この機体は、1937年に54千フィートの世界高度記録を作った高々度実験機です。当時は与圧キャビンは開発されておらず、パイロットはまるで潜水服のようなスーツを着て実験に臨んだのでした。この飛行機を初めて見た時、ジュール・ヴェルヌの空想科学小説にでてきそうな形だと思ったことを、今も覚えています。 [Frog]


VimyVickers Vimy / 1919

地味な英国人が、地味なコースを、地味な機体で飛んだので、皆ほとんど知らないのだけれど、実は大西洋を初めて無着陸横断するという快挙を演じた航空史に残る名機なのです。もともと第一次大戦中に開発された爆撃機ですが、結局戦争には間に合わず、特段高性能という訳でもないのに、その航続距離が買われて冒険飛行に大抜擢。それにしても何のマーキングもなく、やっぱり地味。 [Frog]