This room is for the exhibision of French civil aircrafts during the
wars.
Please click on the aircrafts name underlined to see an enlarged image.
下線の飛行機名をクリックすると拡大でご覧になれます。

Latecoere 521 "Lieutenant de Vaisseau Paris" / 1935
1930年代の航空界を常にリードし続けたフランスが、その威信をかけて取り組んだ大西洋横断航空路線開拓の集大成として開発した機体です。イスパノエンジン6基を搭載したこの巨大な飛行艇は、1935年に試験飛行としての大西洋横断を実施し、その能力を十分に立証しました。 その後いくつかの長距離試験飛行を行い、1939年には満を持して米仏間の無着陸飛行を敢行。名パイロット、ギヨメの操縦により見事に成功します。この飛行にはギヨメの親友にして飛行家、"星の王子様"の作者でもあるサン・テジュグペリや、エアフランスの支配人も客として同乗していたとのこと。
リンドバーグの史上初めての無着陸横断からまだ10年しかたっていない頃です。これまでに大西洋上で失われた多くの命、特にナンジェッセー、コリ、メルモスなど多くのフランス人の犠牲の上に成り立ったこの飛行を、フランス国民は大きな感慨をもって受け止めたことでしょう。この機体によりついに北大西洋路線の商業航空はほぼ現実のものとなるはずだったのですが、その年に勃発した第二次大戦のために、夢の現実は戦後の平和な時代を待たねばならなかったのです。[Aerovac / vacuformed]
Wibault Penhoet 283 T12 / 1930
1930年に初飛行した本機は、従来の複葉旅客機から低翼単葉形式へと革新的な飛躍を遂げたエポックメーキングな機体。10〜12名の乗客を乗せ、主要な欧州の航空路線で広く使われました。およそ流麗とは程遠いむしろ無骨とも言えるフォルムですが、そこはフランス人の作った機械ということで、独特の味があります。本当はズボンスパッツをつけた型の方が好きなのですが、こちらはずいぶん前に作ってしまったので、今回はAIR UNION社がパリ・ロンドン間を運航していた派手な塗装の機体にしました。同社は1933年にエールフランスに吸収合併されますが、そのエールフランスでも欧州線中距離ライナーとして引き続き活躍しました。[VLE Models / vacuformed]
Dewoitine33 "Trait D'Union"/ 1931
この長大な翼の長距離記録機は、それまで全くうだつの上がらなかった零細メーカーDewoitine社が一気に飛躍するきっかけを作った歴史的名機です。デヴューと同時に長距離飛行記録を次々と塗り替え、フランスの航空大国としての面目を大いに施しました。フランス人によると、その後のロシアのツポレフ長距離機やわが日本の航研機も、本機の"コピー"なのだそうです。二機が生産されましたが、残念ながら両方ともパリから東京を目指した冒険飛行の途上、ロシアで失われています。[Full scratch built]
Fokker F7 3M / 1930
航空史上おそらく、初めて世界中で使用された民間旅客機がこのフォッカー3Mだと思います。鋼管溶接に羽布張りの胴体に全木製の主翼という古典的な機体構造ながら、3発のエンジンでの安全性追求と、良好な飛行性能に加えて製造コストが安価であったこともあり、揺籃期にあった世界中のエアラインで次々と採用。日本を含む10ヶ国でのライセンス生産まで行われました。[Valom]
Dewoitine 332 "Emeraude" / 1933
旧態依然たる三発エンジン機で、ばかでかいズボンスパッツを履いた固定脚、そのくせクリーンな金属モノコック構造と、特徴だらけの機体。本機は原型であるD33長距離機からの発展型で、エアフランスが、当時の植民地ヴェトナムまでのアジア路線に就航させるべく開発を促した経緯があります。エムロード(エメラルド)号と名づけられ、お披露目のデモフライトで一気にサイゴンまで飛んで華々しいデヴューを飾りましたが、不幸にも帰国フライトで墜落事故を起こしました。しかし発展型のD338はその後エアフランスの主力機材となって活躍します。[Broplan /vacform conv.]
Breguet 530 Saigon / 1934
1930年代を代表するフランスの旅客飛行艇。原型は英国ショート社のカルカッタ飛行艇ですが、ライセンスを取得したブレゲー社で大改造を加えられ、いかにもフランス的な優美な姿に変身しました。民間型としては2機がエアフランスに採用され、それぞれ"アルジェリー""チュニジー"と命名され、北アフリカ植民地とフランス本国を結ぶ地中海路線に就航し、人気を博しました。[Aerovac /vacform conv.]
Nieuport Delage NiD62 / 1925
1920年代を代表するフランスの戦闘機です。その流麗なフォルムは、さすが航空最先端国の作品、ともてはやされましたが、その成功はほとんど搭載された強力なイスパノスイザ水冷エンジンによるものでした。モデルは1925年に周回長距離記録を達成した民間型、小翼下のラジエーターの形状が軍用の量産型と異なっています。[Azur]
Couzinet70 Arc-en-Ciel / 1933
一度見たら忘れられない独創的なデザイン。フランス人特有の芸術的な感性からしか生まれ得ないアーティスティックな飛行機械である本機は、ベルエポク(美しき時代)と呼ばれた1930年代を象徴するような存在です。大西洋横断可能な長距離郵便機として開発され,ジャン・メルモスをはじめとするフランスの名パイロットの操縦により西アフリカを経てブラジル・アルゼンチンに至る南米航空ルートの開拓に従事しました。アルカンシェール"虹"と名づけられ両翼と胴体に虹色のストライプをまとった優雅な姿は、今もなお航空がロマンであった時代を想起させてくれます。[AKATOMBO Works /resin]
Caudron C450 / 1934
前年のデヴュー試合で惜しくも2位となった原型からパワーアップし、再挑戦の1934ドゥーシュ杯で見事に優勝を飾ったコードロンレーサー。この成功で同社は一躍、世界最高のスピードスター生産メーカーの地位を確立しました。比較的小馬力のエンジンながら、十分な冷却システムと効率の良いプロペラ、加えて速度向上のために極力翼面積を削りながら、同時に大きなフラップを備えて離着陸時の安全性を追求する。当時の米国機がまだ追いつけなかった、航空先進国フランスの面目躍如たるハイテクマシンです。[Dujin /resin]
Levasseur PL8 "Oiseau Blanc" / 1927
リンドバーグによるNY-パリ間の無着陸飛行の直前に、はるかに困難な逆コースに挑戦し行方不明となった、悲劇的な企て。第一次大戦のエース、シャルル・ナンジェッセーと沈着なベテラン航空士フランソワ・コリの冒険に使用された機体が、この"白い鳥"号です。
巨大な燃料タンクを水密性の高い胴体中心部に配置し、信頼性の高いロレーヌ・ディートリック450馬力エンジンを搭載した本機は、
当時のフランス航空技術の最高峰とも言うべきマシンでした。しかしパリを飛び立ち大西洋に向かった"白い鳥"は、永遠にその姿を現すことはありませんでした。少しでも重量を減らそうと、離陸直後に切り離された脚支柱と車輪だけが、今もブールジェの航空博物館に残されています。[VAMI /resin]
Caudron C600 Aiglon / 1937
愛称のエグロンというのはフランス語で"鷲の子供"の意味。戦前のフランス航空スポーツ界をリードしたコードロン社のいかにも"らしい"一作。小型エンジンにクリーンでコンパクトな機体を組み合わせた、愛すべき軽飛行機です。当時の写真を見る限りでは、随分女性パイロットの愛機として登場しますので、操縦の易しい癖のない機体だったのでしょうか。良好な航続性能を生かしていくつかの長距離記録飛行にも使用されました。[Dujin /resin]
Latecoere300 "Croix du Sud" / 1936
航空史上、最も美しい飛行艇。優雅な曲線を描く広大な翼と、対照的に鋭角的なシルエットの4基のイスパノエンジン。艇体はきりっとした機首部の直線が伸びやかに後部につながり、特徴的な美しい垂直尾翼の柔らかなカーブと絶妙のバランスを構成する。眺めているだけで、ため息の洩れそうな見事な造形です。
この飛行艇は、数次の南大西洋横断飛行を成功させた後、名パイロット、ジャン・メルモースの最後の搭乗機となり、南大西洋で永遠に消息を絶った悲劇の翼、"南十字星"号です。 [Aerovac/vacuform conv.]
Farman 2231 / 1937
大西洋を超える郵便飛行を、安全にかつ商業的に成功させること。このフランスが進めた国家的な夢の実現のために生まれた巨人機がファルマン220シリーズです。南大西洋路線での定期郵便飛行をこなす能力を有した4発機の誕生。しかし就役直後に勃発した戦争の混乱の中で、この計画は挫折。戦後になって航空技術の発達により夢は確かに実現したものの、米国の急激な台頭により、もはやフランスのこの分野におけるリーダーとしての立場は二度と戻ることは無かったのです。 [Azur]
Bernard 191 GR H2 "Oiseau Canari" / 1929
リンドバーグに先を越され、名だたるパイロット達の悲劇的な失敗の後、フランスの威信をかけた大西洋無着陸横断を初めて成功させた機体が、この"カナリア号"です。乗組員3人に加えて、取材の米国人新聞記者がこっそり胴体後部に隠れて密航するというハプニングに見舞われながら、なんとかスペインの海岸に到達して冒険は成功しました。実機はパリの航空博物館に保存されています。
この全身真黄色の"カナリア"は、昔から作ってみたい飛行機でしたが、キットが市販される望みもほぼ無いことから、今回初めてフルスクラッチに挑戦しました。他のヴァキュームキットの端材や、プラ板・バルサを削り込んでの製作です。 [Full scratch built]
Dewoitine D338 / 1936
大戦間における、おそらく最も有名なフランス製旅客機。全金属製応力外皮構造と低翼単葉形式を備えた、完全に近代的な大型旅客機で、本来ならば、航空王国フランスの威信を担って、ダグラスDC3の対抗馬となるはずの機体でした。独特の長い機首と特大の主車輪がアクセントとなった、印象的なシルエットの飛行機ですが、エールフランスで使われた以外は生産機数は伸びず、世界的なベストセラーとなったDC3には抗すべくもない結果となりました。 [Broplan /vacuform]
Farman F60 Goliath / 1919
第一次大戦直後、最初にロンドンとパリを結んだ路線に就航した巨人旅客機。直線だけで構成された主尾翼と主脚は極めて古典的なスタイルで、お世辞にも優雅な姿とは言えませんが、乗客12名を収容して、巡航速度は時速100kmを超えず、ふわふわとドーバー海峡を行き来する姿は、さぞのどかな光景だったでしょう。日本陸軍が初めて丁式重爆として採用したことで、わが国でも比較的知られた機体です。パリの航空博物館に実物の胴体部分だけ保存展示されているものを参考に、エールフランスの前身、エアユニオン航空の塗装にしました。 [Broplan /vacuform (conv.)]
CAMS 37 / 1930
1920‐30年代に航空王国フランスの飛行艇開発を推進したCAMS社の作品。本機はフランス海軍にも採用されましたが、モデルは北大西洋での郵便輸送計画に使用された民間型です。北米定期航路の豪華客船イル・ド・フランスに飛行艇を搭載し、ニューヨークの沖合い700kmに達した所で、カタパルトを使って飛行艇を発進させ、本船が到着する1日前に、郵便と乗客を届けよう、との試みでした。実験は成功でしたが、わずか1日の短縮のために、これだけの大掛かりなしかけでは、やはり商業的に難しく、計画は頓挫しました。
[Azur (conv.)]
Potez 62 / 1934
フランスの名門ポテーズ社が、もともと空軍用に開発した軽爆ポテーズ540型を改造して、旅客機に仕立て上げた機体。フランス国内では、折から乱立気味の航空会社の統合が行われ、新会社としてエール・フランスが誕生したばかり。近距離路線投入に格好の仕様の機体として、早速まとまった機数がエール・フランスに採用されました。個人的には大好きなフォルムですが、同時代の他国の旅客機に比べると、いかにも垢抜けないごてごて感が否めません。モデルは同様に市販の軍用型キットからの改造で製作しました。 [Heller (conv.)]
Potez 56 / 1934
低翼単葉で、比較的低馬力の双発エンジン装備。この時代のフランス機としては、極めてオーソドックスな近代的形態を持った旅客機です。ひと回りサイズの大きなコードロン445の登場によって、本機は本国のエールフランスでは採用されず、フランスのアフリカ植民地や、ルーマニアなど東欧の田舎路線で地味に使われただけでした。 [Dujin /resin]
Wibault 283.T12 / 1934
まだエンジンの信頼性が充分でない時代、旅客機としての安全性追及のための有効な解決策が三発機デザインでした。客室の快適性を考慮してやたらに胴体の背が高く、印象的なズボンスパッツもどこかユーモラスで、懐かしい姿がたまらなく魅力的です。1933年にAir Franceが発足した際に、最初に採用したのが本機でもあります。 [VLE Models /vacuform]
Couzinet 71 Arc-en-ciel / 1933
この機体を眺めていると、メカニックの凝縮された航空機というよりむしろ美術館で良い芸術品に出くわしたような感動を覚えます。フランスを代表する飛行家メルモースの愛機として幾たびかの南大西洋横断に成功した、"虹"という名の機体。ベルエポーク(美しき時代)と呼ばれた1930年代のフランスの香りが匂いたつような優雅な造形です。 [Heller]
Caudron C.445 / 1935
第一次大戦以前からのフランスの名門コードロン社は20年代以降、精力的に民間機の製作に乗り出しました。かもめ(ゴエラン)と愛称のついた本機はシムーンと並んで、軽量エンジン装備ながら、低翼単葉の近代的なフォルムを備えた美しい機体ですが、やがて台頭してくる米国の航空産業に追い落とされる、はかない運命を予感させる姿態でもあります。青と白の清冽なエアフランスの衣装が大変良く似合います。 [Airmodel /vacuform]
Caudron C.635 Simoun / 1937
栄光の1920年代から急激な凋落に陥ったフランス航空界が、おそらく最後に放ったヒット作。数々の長距離記録飛行に挑んだフランスの飛行家達マルセル・ドレ、アンドレ・ジャピーそしてあのサン・テグジュペリまでが、争うように本機を選んだのは小型機でありながら長大な航続力と広い密閉キャビンによる優れた居住性によるものか。でも途中リタイアも多くて、あまり運の良い機体ではなかったようです。 [Heller]
SPAD 33 Berline / 1920
第一次大戦が終わってまもなく、当時の航空先進国フランスは、早くも欧州各国への航空路の整備に乗り出しました。パリを基点に、主に東欧諸国からトルコまでの定期航空路に就航した最初の機材がこの飛行機です。乗客を4〜5人運ぶためにエンジンの防火壁の直後をキャビンスペースにしたところ、燃料タンクの置き場所が無くなったために、やむなく主翼上に大きなタンクを2個設置したという垢抜けない設計ですが、欧州大陸における商業航空のパイオニア的存在として、航空史上も貴重な機体。 [VAMI /resin]
Breguet14 / 1919
第一次大戦後の平和の時代になって、航空機が最初に請け負った仕事は郵便事業。空軍をクビになった命知らずのパイロット達の仕事であり、乗客を運ぶなどという危険なビジネスは、まだ誰も考えていない時代でした。従って機材も当然のように、空軍から払い下げられた中古機。星の王子様で有名なサン・テグジュペリの一連の航空文学の多くは、本機の吹きさらしのコックピットの中から生まれたものです。 [Pegasus]
Breguet XXI Super Bidon / 1929
フランス航空の精華、幾多の大飛行記録を作った名機ブレゲー19シリーズの中で、最も有名な機体がこのポワン・ダンテロガシオン(疑問符号)。そのハイライトは、リンドバーグに先を越されたニューヨーク・パリ間無着陸飛行を、逆風ではるかに難しい西行コースで成功させた事でしょう。トリコロールのたすきをまとった真紅の粋な姿ながら、自重の二倍以上のガソリンを積んで飛行するという凄まじい機体でもありました。 [Formaplane /vacuform]
Breguet XIX / 1927
黄金の大飛行時代の象徴ともなった、航空王国フランスの誇る名機が、このブレゲーです。ふっくらとした胴体で巨大なガソリンタンクを包み込み、大面積の翼で航続力を稼ぎだすことで本機は幾多の大飛行記録を打ち立てました。モデルは、大西洋横断の夢を果たせず行方不明となったナンジェッセ・コリの悲劇の直後、両パイロットの名を付けられ、1927-28年にかけて世界一周に成功した栄光の機体を再現しています。 [Hitkit]
Breguet 27 / 1934
前作19型の大成功で、一躍有名となったブレゲー社が、その後継として作り上げた他用途機がこの27型。胴体後部が突然ただの棒状になった、他に類を見ないユニークさですが、後部座席搭乗者の視界確保に留意してたどりついた形だそうです。それにしても異様なフォルムで、単なる思い付きだけで突っ走ってしまう、フランス人に時々見られる悪癖が、この頃のフランス航空界にそろそろ現れ始めたことの証かもしれません。モデルは、女流飛行家マリーズ・イルズの訪日飛行に使用されたジョエ3世号。 [Azur]
Potez 25/ 1925
第一次大戦後に世界をリードしたフランスの航空産業界にあって、本機のヒットで一躍大メーカーに成長したのがポテーズ社です。フランス人の設計には珍しくオーソドックスで特に新味は見られませんが、フランス空軍に偵察機として採用された他、信頼性が高く航続力が長いことから、民間でもアフリカ路線・南米路線などで郵便機として広く使われました。 [Merlin]
Latecoere Late28/ 1929
フランスの開拓した南大西洋航空路線で最も活躍したのがこの機体。高校時代に読んだサン・テグジュペリの"人間の土地"の中で、メルモースやギヨメといった名パイロット達の愛機として、本機の名が登場したのを、かすかに覚えています。当時はどんな飛行機か全く想像もできなかった幻の翼。あれから四半世紀が過ぎ、目の前の完成機を眺めていると不思議な感慨におそわれます。モデルはメルモースの愛機。 [CMK /resin]
Bernard V2 / 1924
1920年代前半のフランスは、速度の世界記録タイトルを巡って米国と凌ぎを削った戦いを繰り広げました。ほぼ毎月のように新記録が続出しためまぐるしい戦いの中で、1924年に本機の作った、時速448.171Kmは、その後なんと8年も破られることがなかったのです。大戦間に忽然と現れて消えていった、ベルナール社の最高傑作というべきでしょう。 [Dujin /resin]
Caudron C362 Racer / 1933
国際的な飛行機レースの分野で、1930年代に入ってからのアメリカの躍進は目覚しいものがありました。フランスが航空大国としての威信をかけ、"ストップ・ザ・アメリカ"に挑んだレーサーが本機です。1933年のドウ‐シェ杯でいきなり2位。アメリカの様にひたすら大馬力エンジンで速度追及するのではなく、出力の小さなエンジンでも、空力的に洗練されたデザインの採用で十分対抗可能であることを世界に示した 意義深い機体です。
[Dujin /resin]