This room is for the exhibision of German aircrafts during the wars.
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Junkers G38 / 1931
当時としては破天荒とも言える、30人以上の乗客を運べる巨人旅客機。いかにもドイツ的ないかめしいフォルム、波型の全金属外板で構成された無骨な厚い翼の付け根には展望座席があります。当時ドイツの技術に心酔していた日本陸軍は、仮想敵国米国のアジアの要衝、フィリピンのコレヒドール要塞を攻撃するため、密かに本機のライセンス生産を行い、92式重爆として保有していました。その保有目的がトップシークレットだったために、存在をひた隠ししている内に、はっと気づいた時には完全に旧式化していた、という笑い話のようなエピソードもあります。 [Airmodel / resin]

Curtiss Hawk "Udet" / 1936
カーチス社の全盛期の作品となったHawkシリーズは、その搭載された頑丈で高馬力の空冷エンジンが、最大の成功要因ですが、空力性能についても同時代の世界のトップクラスでした。ベルリンオリンピックの開会式という国威発揚の場に、わざわざウーデットが米国製の飛行機を使用したのも、よっぽどその性能に魅了されたためだと思います。 [RS Models]
Messerschmitt M35b /1933
第一次大戦後のヴェルサイユ条約で、軍用機の製造を禁止されたドイツが、ナチスの政権下で密かに空軍の再建を図っていたことは有名な話。この一見無害そうな"スポーツ"機も、実は空軍パイロットの養成に一役買っていたわけです。そう思って機体を眺めてみると、印象的な主翼の青白塗装も、なんだか世間を欺くために、ことさらに平和の翼を強調している気がしてしまいます。 [Huma]
Dornier Do18 V2 /1938
1920年代に大型飛行艇の分野で大ヒットを飛ばしたドルニエ社。胴体の脇から左右に突き出したスポンソンと胴体中心線の真上にタンデム配置した二基のエンジンという、極めて効率的なレイアウトを生み出し、Do15型"ワル"は空前の成功作になりました。この15型のレイアウトをそっくりそのまま踏襲し、空気力学的に洗練した形態に作り直したのが、この18型です。試作の段階から早速、欧州と南米を結ぶルフトハンザの郵便サービス、南大西洋ルートに就航して活躍しました。 [Machbox]
Udet U-12 Flamingo /1925
第一次大戦のドイツの撃墜王エルンスト・ウーデットが敗戦後に設立した航空機メーカー、ウーデット社が開発したU-12フラミンゴ。大きく丸々とした垂直尾翼とスッキリとした"I"型翼間支柱が特徴的な、可愛らしい平和の翼です。神業とも言える天性の操縦技術を持っていたと言われるウーデット社長が、自ら販売キャンペーンのために、本機を使って見事なアクロバット飛行を繰り返したことで、大変な人気を呼び、ドイツ各地の飛行クラブや飛行学校で愛用されました。 [Alliance /resin]
Heinkel He111C / 1936
ナチス政権下の1936年にデビューした、ルフトハンザの新鋭高速旅客機。しかし本機は、時世の宿命からその後、再建成ったドイツ空軍の中核爆撃機として採用され、スペイン内乱からドイツの崩壊まで、過酷な生涯を送ることとなります。設計段階から軍用機としての使用を考慮されていたため、旅客機としては狭い胴体ですが、主尾翼の独特な曲線美とその胴体につながるラインの優雅さに、設計者ギュンター兄弟のセンスが窺えます。
モデルは6機ルフトハンザに納入された中の2号機、"ライプチッヒ"号。
[Roden]
Dornier Do15 Wal / 1922
当時一世を風靡した飛行艇王ドルニエの出世作。水がかからないようにエンジンを高く持ち上げ、胴体下部からヒレをつきだし、支柱でつないで主翼を支えるスタイルは、機能美そのものです。ちなみに愛称のワルとは、ドイツ語でクジラのこと。当時としては、かなりの巨人機であったようです。 [Huma]
Heinkel He 64 / 1931
敗戦によって航空産業の息の根を止められたはずのドイツが、ベルサイユ条約でわずかに開発が認められたスポーツ機の分野で欧州中にその優秀さを認めさせた記念すべき機体。この気鋭の設計者ギュンター兄弟の出世作は、欧州主要都市の周回競技で軒並み優勝を重ねて一躍有名になりました。大柄なドイツ人が収まるのだろうかと心配な細くて狭い胴体に、程よくテーパーした直線翼。ユーモラスなほど大きな車輪。他に何の装飾要素もない、いかにもドイツ的な機能美に溢れたシルエットです。 [Dujin /resin]
Heinkel He70 Blitz / 1933
前作He64の成功で一躍注目を浴びた、ギュンター兄弟の最高傑作。米国で高速単発輸送機ロッキード・オライオンの出現に刺激を受けたルフトハンザ航空が、対抗機の発注を自国メーカーのハインケル社に持ちかけたところから開発がスタート。注文主ルフトハンザの要求スピードをはるかに上回る時速377Kmを記録して、センセーショナルなデヴューを飾りました。機種には愛称のブリッツ(電光)マークが描かれています。 [Matchbox]
Focke Wulf FW19 Ente / 1927
エンテは、ドイツ語で"カモ"のことです。主翼が後方にあって、長く首を伸ばしたスタイルが、カモに似ているためですが、空気力学的には、失速し難いという利点があって、ライト兄弟機を始め、初期の飛行機に良く取り入れられた形態です。本機は、生みの親のフォッケ教授を乗せて墜落事故を起こし、結局それ以上発展しませんでした。 [Airmodel /vacuform]
Focke Wulf FW200 Condor / 1937
機能美に溢れた、いかにもドイツ人の造った機械という感じを抱かせる旅客機ですが、眺めていると、どうも平和の機体というのどかな気分になれない。尾翼のナチスのマークのせいもあるけれど、研ぎすまされたフォルムに加えて、旅客機なのにコンドルなどという猛禽の名前を頂戴したことも、その後戦争に使われることを予期していたかのようです。 [Revell]
Junkers F13 / 1920
第一次大戦でボロボロにされたドイツが、戦後いち早く民間航空産業に乗り出して最初のベストセラー。ユンカースが既に戦時中から実用化していた前金属波板外皮構造が、民間機に必要な安全性を保証し、かつ悪天候でも飛べ、維持も容易という多大なメリットを与えたわけです。これで勢いに乗った同社は、おはこの波板旅客機を第二次大戦の勃発まで作り続けることになります。 [Revell]
Junkers W33 Bremen / 1928
ユンカース社お得意の波板構造を採用し、馬力に不安はあるが信頼性の高いドイツ製エンジンを搭載して、乗員3人を運び、アイルランドからカナダ東岸へと、向かい風のため困難な西行き大西洋無着陸横断に成功した歴史的な翼です。その実績を買って、その後日本でも読売新聞社が太平洋無着陸横断に同型機を使いましたが、こちらは途中行方不明という悲劇的な結末となってしまいました。 [MPM (conv.)]