第40回:3400系

 現在は金山総合駅となっている、国鉄金山駅脇を行く。名古屋市営バスの旧塗装(緑+クリーム)も懐かしいです。 名古屋本線ナゴヤ球場前〜金山橋間。 1985(昭和60)年10月10日撮影。 

 名岐鉄道(現在の名鉄名古屋以西を中心に路線を広げていた会社)と愛知電気鉄道(現在の神宮前以東に路線を広げていた会社)が合併して、名古屋鉄道が誕生して間もない1937(昭和12)年、折からの流線型ブームもあって登場した電車です。ノーヘッダーの車体に正面窓は曲面ガラス、緑の濃淡の塗装を採用して「いもむし」の愛称をつけられました。座席は名鉄初の転換クロスシートを装備、性能的には800系(第18回)と同じ112.5kwモーターを使用したAL車(自動進段制御車)ですが、ころ軸受けや回生制動も採用されています。また、計画時には連接車として製造する案もあったそうです。戦時中も座席を一部撤去したものの転換クロスシート車のまま敗戦を迎え、戦後はいち早く特急用として活躍することになります。
 もともとMc(モ3400)-Tc(ク2400)の2輌固定編成でしたが、1950(昭和25)年にモ3450形を、1953(昭和28)年にはサ2450形を増備して、4輌固定編成となりました。戦後増備の中間車も、ベンチレーターや台車に違いが見られるものの、スカートをつけて先頭車に合わせたスタイルで登場しましたが、当時は名鉄の代表的な特急車だったからでしょうか。
 1967(昭和42)年に車体更新を行い、正面窓が連続窓に、窓枠もアルミサッシ化されています。また、長らく他形式と併結を行わず単独運用についていましたが、1984(昭和59)年にはジャンパ栓を取り付けてAL車同士の併結が可能になりました。
 1988(昭和63)年には、3401F.3402Fおよびモ3453・サ2453が廃車となり、残ったモ3403とク2403はそれぞれモ3401・ク2401と改称の上、製造当初と同じ2輌編成で生き残りました。鉄道友の会からエバーグリーン賞を受賞したのを機会に、1993(平成5)年に塗装を製造時の緑の濃淡に変更、翌年には冷房装置取り付けも行われて動態保存車的な性格が強まってきています。
 2002(平成14)年8月に運用を離脱し、廃車となっています。現在舞木検査場にモ3401(旧3403)が留置されていますが、昭和初期に一世を風靡した貴重な流線型車両の生き残りとして、大切に保存してほしいものです。

 製造当時の緑の濃淡に塗り替えられた3401F(旧3403F)。団体臨時列車の運用についたときの画像です。台車の交換によって、スカートの切れ込みが大きくなり、冷房取り付けによる空気取り入れ口が新設されています。
 名古屋本線二ツ杁駅。 2001(平成13)年11月4日撮影。

3400系の略歴
1937(昭和12)年…日本車輌でモ3400形・ク2400形各3輌を製造。ク2400形にもパンタグラフを搭載していた。

1950(昭和25)年…日本車輌でモ3450形を増備。3輌固定編成となる。

1953(昭和28)年…日本車輌でサ2450形を増備。4輌固定編成となる。

1967(昭和42)年…車体更新実施。正面窓を連続窓に、側窓をアルミサッシ化。

1984(昭和59)年…ジャンパ栓を取り付け。他形式との併結が可能になる。

1988(昭和63)年…3401F.3402F.モ3453・サ2453廃車。モ3403→モ3401、ク2403→ク2401と改称。ク2401のパンタグラフを撤去。

1993(平成5)年…塗装を緑の濃淡に変更。

1994(平成6)年…冷房化。外観にできるだけ変更のないよう、機器類を床下に搭載し、スカートに空気取り入れ口を設置。

1997(平成9)年…台車を7300系廃車発生品(サ7401-モ7451)のFS-36に変更。スカートの切れ込みが大きくなる。

2002(平成14)年…8月にお別れ運転を実施、9月に廃車。

「名鉄いろいろ」目次へ戻る

分館トップページへ戻る


参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅」』 徳田耕一著 七賢出版(1995年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『鉄道ピクトリアル』2007年8月号 鉄道図書刊行会
『私鉄電車ガイドブック4』 東京工業大学鉄道研究部編 誠文堂新光社
『名古屋鉄道』(復刻版私鉄の車両11) 飯島巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(1985年に保育社より初版発行。2002年復刻)