第61回:3550系

 甚目寺観音の三重の塔をバックに津島方面へ向けて走り去る3550系。画像左側のMc車連結面寄りには、乗務員扉跡が確認できます。
 津島線甚目寺〜七宝間。 1985(昭和60)年7月撮影。 

 初代3500系と同等の車体をもつ系列ですが、こちらは戦時輸送のため初めから3扉ロングシート車として製造されたものです。(*1)一部は1944(昭和19)年に完成しましたが、電装品不足のため客車として出場し、電気機関車に牽引されていました。(*2)また、戦時中に鋼体のみ完成したものの、その状態で名古屋市熱田区の日本車輌工場内に放置されていたものもありました。
 1947(昭和22)年になってようやく電車として完成し、3扉を生かして大量輸送に活躍することになります。Mc車のモ3550形は、3551〜3555までの前期形は前照灯埋め込み式、窓上部に丸みのある、3600系などと共通するスタイルをもちますが、3556〜3560の後期形とTc車のク2550形(2551〜2561)は工作の簡易化のため、前照灯は露出形、窓上部の角なども直線化されています。
 Mc車は両運転台車として製造されましたが、1962(昭和37)年に片運転台化されています。その際乗務員扉をそのまま残したもの、乗務員扉の窓のみ残して扉を埋めたもの、扉を完全に撤去してそのあとに窓を新設したものなどバラエティに富んだ連結面をもつことになりました。
 長年にわたって活躍を続けてきましたが、1988(昭和63)年までに全車が廃車となりました。なお、この系列はなぜかMc車10輌に対してTc車が11輌と1輌多くなっています。晩年は、末尾2桁が同じ番号同士で編成を組んでいましたが、相手のいないク2561はモ3505(後に両運転台化されてモ814に改番)と編成を組んでいました。

(*1)3550系以後、名鉄本線系の新製車としては、1976(昭和51)年の6000系まで3扉車は製造されませんでした。
(*2)資料によっては、電装した時期を「完成」ととらえたのか、モ3550を1947(昭和22)年竣工としたものもあります。『鉄道ピクトリアル』2006年1月臨時増刊号(名鉄特集)に、1946(昭和21)年5月撮影のモ3552(パンタグラフ未装備で、客車として電機が牽引)の写真が掲載されていますので、実際は昭和22年以前から営業に使用された車輌があったと考えられます。

3550系の略歴
1944(昭和19)年…日本車輌で、モ3550形10輌、ク2550形11輌を製造。ただし、電気部品が調達できなかったためモ3550形は未電装のまま、客車として出場する。一部のモ3550形は鋼体だけの状態で日本車輌熱田工場に置かれていた。

1947(昭和22)年…モ3550形の電装を実施。鋼体の状態だった車輌も、この時完成したと考えられる。

1962(昭和37)年…モ3550形の片運転台化改造実施。

1981(昭和56)年…9月、ク2561廃車。相棒のモ3505は、両運転台化されてモ814に改称。

1984(昭和59)年…4月、3555F.3558F.3559F廃車。8月に3553F廃車。

1986(昭和61)年…8月、3557F廃車。

1987(昭和62)年…8月、3554F.3560F廃車。

1988(昭和63)年…1月、3551F.3556F廃車。2月に3552F廃車、形式消滅。

 モ3550形のラストナンバー3560。前照灯が露出形の後期形です。昭和60年当時の名鉄では、真夏は窓全開の非冷房車がごく当たり前に活躍していました。 地上駅当時の名古屋本線鳴海駅にて。 1985(昭和60)年7月11日撮影。 

「名鉄いろいろ」目次へ戻る

分館トップページへ戻る


参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅』 徳田耕一著 七賢出版(1995年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『鉄道ピクトリアル』2006年1月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『私鉄電車ガイドブック4』 東京工業大学鉄道研究部編 誠文堂新光社
『名古屋鉄道』(復刻版私鉄の車両11) 飯島巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(1985年に保育社より初版発行。2002年復刻)
『鉄道ダイヤ情報』 『鉄道ジャーナル』 各号 私鉄車輌のうごき