第64回:2代目400形

 現役時代は一度も掲げることがなかったであろう、「岡崎」の方向板をつけて保存されている400形。 愛知県岡崎市南公園。 2001(平成13)年10月6日撮影。 岡崎市南公園は、JR岡崎駅から南東へ約1.5km。最寄りバス停は、南公園北または若松栄町。

 名鉄初の連接車で、1編成のみの珍車だった400形。名鉄の「400形」としては2代目に当たります。(*1) 1952(昭和27)年に、輸送力増強のため揖斐・谷汲線用の2軸単車110形モ110とモ111の2輌を連接車化したものです。車体は左右非対称の片側3扉で、収容力も大きく好評を得たということですが、単車の連接車化改造はこの1編成で終わってしまいました。台車は両端の駆動台車がD11、連接台車がD13でした。
 改造以来終始揖斐・谷汲線で使用され、1973(昭和48)年にお別れ運転を行って廃車。現在は愛知県岡崎市の南公園に保存されています。
(*1) 名鉄の初代400形ですが、大正時代に名古屋電気鉄道が製造した木造ボギー車1500形1511〜1517が名古屋鉄道合併後にデホ400(モ400)形を名乗っていました。この400形は1948(昭和23)年に電装解除の上、ク2260形に改称されています。

400形の略歴
1926(大正15)年…日本車輌で、美濃電気軌道(名鉄美濃町線などの母体となった鉄道)の半鋼製4輪単車セミシ64形64〜66として3輌製造される。

1930(昭和5)年…美濃電気軌道は初代名古屋鉄道(現名鉄名古屋本線東枇杷島〜国府宮間、犬山線等の母体となった鉄道)と合併し、名岐鉄道となる。さらに1935(昭和10)年に名岐鉄道は愛知電気鉄道(名古屋本線神宮前〜豊橋間などの母体となった鉄道)と合併して、現在の名古屋鉄道となる。

1941(昭和16)年…このころ、モ60形に改称。

1949(昭和24)年…このころ、モ110形に改称。

1952(昭和27)年…モ110とモ111の2輌を連接車化。400形401と改称。残されたモ112は、単車のまま1959(昭和34)年7月に廃車。

1973(昭和48)年…お別れ運転実施、廃車。廃車後は愛知県岡崎市南公園に保存される。

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参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『岐阜のチンチン電車』 郷土出版社
『せとでん100年』 山田司・鈴木裕幸共著 中日新聞社