第5回:初代5000系

 1955(昭和30)年、国鉄東海道本線の電化に対抗し、特急用として登場した名鉄初のカルダン駆動車です。正面は当時流行の2枚窓で、セミモノコック構造車体を採用したために全体に丸みを帯びた車体を持ちます。
Mc-M-M-Mcの4輌編成でデビューしましたが、1957年には中間車2輌(モ5150形)を増備して6輌化しました。しかし、1964(昭和39)年には、モ5150形を5200系に組み込んで再び4輌編成に戻っています。
 また、この5000系と5200系は、昭和40年代に外部塗装をめまぐるしく変えました。(製造時:チョコレート+赤クリーム、昭和41年:ライトパープル一色、昭和42年:ストロークリームに赤帯、昭和43年:スカーレットに白帯、昭和45年以降順次:スカーレット一色)
このうち、ライトパープル以外の塗装は、2005(平成17)年1月まで5500系(第1回)のリバイバル塗装で見ることができました。

 新岐阜駅(現 名鉄岐阜駅)各務ヶ原線ホームに停車中の5000系。当時は新岐阜発犬山経由常滑行きの「高速」(*1)がありました。 新岐阜駅。 1979(昭和54)年8月撮影。
(*1) 正式には「高速急行」。1977(昭和52)年3月に登場した種別。特急と急行の間に位置するもので、いわゆる「全車自由席特急」。この種別の登場により、特急は全車座席指定となりました。(それまでは、「座席指定特急」と「特急」(全車自由席)に分かれていました)
しかし、1990(平成2)年10月のダイヤ改正で、特急に「特別席(指定席)車」「一般席(自由席)車」を設けることになりました。そのため「高速」は再び「特急」に統合され、この種別は13年で姿を消しました。


 豊橋駅で出発を待つ新岐阜行き急行。ただし方向板は「岐阜」と表示されています。正面窓ガラス破損のため、平面ガラスを使い正面窓4枚構成となった車輌です。(具体的な車番はメモしてないのですが、5001.5003.5005.5007のうちの1両です。) 豊橋駅。 1982(昭和57)年8月撮影。


5000系の略歴

1955(昭和30)年…11月、日本車輌で4輌編成2本を新製。翌年7月に4輌編成3本新製。
1957(昭和32)年…6月、日本車輌でモ5150形10輌を新製。既存の編成に組み込んで6輌編成化。
1964(昭和39)年…モ5150形を5200系に編入、元の4輌編成に戻る。
1966(昭和41)年…塗装のライトパープル化開始。翌年には、ストロークリームに赤帯に塗装変更。更に1968年にはスカーレットに白帯に変更。
1970(昭和45)年…塗装をスカーレット一色に変更。
1971(昭和46)年…車内特別整備、他形式との連結化工事開始。
1979(昭和54)年…前照灯シールドビーム化。
1985(昭和60)年…列車無線取り付け。
1986(昭和61)年…3月、5005.5007F廃車。7月、5003F廃車。9月5001.5009F廃車。形式消滅。同年7月、5000.5200系の廃車発生品を再利用した5300系が登場。翌年までに42輌が登場。

 本線急行に最後の活躍をする5000系。 名古屋本線金山橋(現 金山)〜ナゴヤ球場前(現山王)間。 1986(昭和61)年7月12日撮影。

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参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅』  徳田耕一著 七賢出版(1995年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『躍進30』 鉄道友の会名古屋支部発行
『復刻版 私鉄の車両11・名古屋鉄道』 飯山巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(保育社より1985年初版発行:2002年復刻)