第6回:590形

冷房化、車体更新を受けて面目を一新した590形。後方は600形。美濃町線日野橋駅。2000(平成12)年8月15日撮影。

1957(昭和32)年に日本車両で5輌製造された、軌道線用車両。当初は岐阜市内線に投入され、忠節方面や鏡島線(千手堂〜西鏡島間、1964年廃止)で使用されていました。当初からパンタグラフ集電で、全金属製の近代的な車体と大型の方向幕が特徴ですが、この方向幕は昭和43年頃には使われなくなってしまいました。ただし、570.580形のように埋め込まれることなく白紙状態のままで、行き先は方向板で表示していました。なお、この方向幕はワンマン改造時にワンマンカー表示となりました。車体更新後は、ワンマン表示と行き先を同時に表示するようになりましたが、大型方向幕の両端は使われていません。旧名古屋市電の1550型1551号を連想させるスタイルです。(私は1551号を写真でしか見たことがありませんが)
1999(平成11)年3月末の美濃町線新関〜美濃間廃止に伴い、(個人的に)形式消滅かと勝手に思いこんでいましたが、591.592の2輌が車体更新・冷房改造を行い、徹明町〜日野橋間の運転を中心に活躍を続けていました。また、未更新の593は塗装をクリームと緑のツートンに変更して注目を集めました。 
 2005(平成17)年3月限りで名鉄の600V線区は全て廃止されてしまいましたが、更新車の591.592は四国の土佐電鉄へ譲渡されました。高知での末永い活躍を期待しています。


美濃町線新関〜美濃間で使用されていた当時の590形。当時は方向幕をワンマンカー表示に使用していました。 美濃町線新関〜下有知間。 1995(平成7)年12月10日撮影。

名鉄岐阜地区600V線区最終日の590形。クリームと緑の旧塗装で注目を集めた593号です。 美濃町線競輪場前〜北一色間。 2005(平成17)年3月31日撮影。


590形の略歴
1957(昭和32)年…日本車両で5輌造。岐阜市内線に配属される。忠節線・鏡島線・本(長良)線伊奈波通以南などで使用。(*1)
1960(昭和35)年…591、美濃町線へ転出。
1961(昭和36)年…乗降口の補助ステップ撤去。
1968(昭和43)年…この年から1970年にかけて、592〜595も美濃町線へ転出。補助ステップ復元と前照灯シールドビーム化実施。
1971(昭和46)年…歯車比を変更して、高速化。
1975(昭和50)年…このころより塗装をスカーレット一色に塗り替え。
1976(昭和51)年…ワイパーの自動化実施。翌年には、放送装置取り付け。
1981(昭和56)年…880形投入と美濃町線増発に伴い、昼間は新関〜美濃間の専用車となる。
1983(昭和58)年…ワンマン化実施。594.595は廃車。
1999(平成11)年…新関〜美濃間廃止により、ツーメン車に戻って徹明町〜日野橋・関方面間で使用。
2000(平成12)年…591.592は冷房化・車体更新実施。880形など連接車のワンマン化に伴い、再びワンマン運転開始。593は未更新のまま予備車として残る。
2004(平成16)年…9月、未更新車593の塗装を、製造当時のクリーム+緑のツートンカラーに変更。
2005(平成17)年…3月限りで名鉄600V線区は全廃。591.592は土佐電鉄へ譲渡される。

(*1)岐阜市内線本線(長良線)の伊奈波通以北は、急カーブのため550形(旧金沢市内線2000形)等が入線するまで、ボギー車は運用されていませんでした。

「名鉄いろいろ」目次へ戻る

分館トップページへ戻る


参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『路面電車と町並み 岐阜・岡崎・豊橋』 日本路面電車同好会名古屋支部編 トンボ出版
『岐阜のチンチン電車』 郷土出版社