第11回:600形

ワンマン化改造を受けて600V線区最終日まで生き残った606。
 美濃町線日野橋駅。 2000(平成12)年8月15日撮影。

 美濃町線は開業以来、岐阜市内の徹明町(1950年までは柳ヶ瀬)を起点としており、新岐阜へ行くには岐阜市内線に乗り換える必要がありました。1970(昭和45)年、名鉄岐阜工場への引き込み線を利用して田神線が開業、新岐阜直通が可能になりました。この直通列車用として製造されたのが600形です。足回りは旧型HL車の部品を流用していますが、車体は新製、車内は1+2の転換クロスシートを配置しています。また、電圧1500Vの各務原線へ乗り入れるため、複電圧車となっています。
 当初はスカーレットに白帯の塗装で登場し、急行運転にも使用されましたが、1975(昭和50)年のダイヤ改訂で美濃町線の急行は廃止、このころから塗装もスカーレット一色となりました。また、連結運転が可能なように電気連結器つき連結器を装備していますが、近年はほとんど単行運転となっていたようです。
 長年にわたって美濃町線の主力形式のひとつとして活躍してきましたが、2000(平成12)年に601〜605の5輌が廃車となりました。606のみはワンマン改造の上、名鉄600V線区全廃の日まで生き延びました。
 高床式で高齢者の乗降がしにくいこと、機器スペースの関係上冷房化が困難なことなどが淘汰された理由でしょうか。なお、屋根上を見ると一見冷房車のように見えますが、これは床下のスペースが不足したため屋根上にあがった主抵抗器です。
 この形式は鉄道友の会から昭和46年度のローレル賞を受賞しています(東急電鉄の8000系と決戦投票を行ったそうです)。
 1999(平成11)年3月限りで廃止となった美濃駅構内に601が保存されています。

野一色までの区間運用についた600形。 新岐阜駅。 1979(昭和54)年8月15日撮影。

600形の略歴
1970(昭和45)年…日本車輌で6輌製造。601.602は4個モーター車、603以降は2個モーター車として登場。鉄道線用の部品を利用したため高床式となり、ドアに連動するステップが取り付けられた。塗装はスカーレットに白帯1本。
1971(昭和46)年…601.602を2個モーターに改造。
1975(昭和50)年…9月のダイヤ改訂で美濃町線急行運用消滅。このころから塗装のスカーレット一色化始まる。
2000(平成12)年…800形投入、870形の新岐阜乗り入れ開始により、601〜605の5輌が廃車。606のみワンマン化の上生き残る。
2005(平成17)年…3月末の名鉄600V線区全廃により、形式消滅。


* 以下の画像は、TADA様より提供していただきました。ありがとうございます。
 TADA様のHP「汽車・電車1971〜」
 モノクロを中心に、1970〜80年代の私鉄・路面電車・専用線・荷物電車・電動貨車などの画像が豊富に展示されているHPです。

白帯を巻いていた時代の600形。美濃行きの急行電車です。白金〜小屋名間。 1975(昭和50)年4月3日撮影。 

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参考文献
このページの作製に当たっては、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『名古屋鉄道』(復刻版私鉄の車両11) 飯島巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(1985年に保育社より初版発行。2002年復刻)
『戦後を走った車両たち 名古屋鉄道編』 渡利正彦著 岐阜新聞社
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『路面電車と町並み 岐阜・岡崎・豊橋』 日本路面電車同好会名古屋支部編 トンボ出版
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅 ver.3DX』 徳田耕一著 七賢出版(2002年初版発行)