第21回:6500系

 1984(昭和59)年から製造が始まった通勤車で、名鉄で初めて界磁チョッパ制御を採用した系列です。6000系までのMc-(T-M-)Tc編成と異なり、Tc1-M2-M1-Tc2編成を組むようになりました。また、車体もフルモデルチェンジし、正面は非貫通の「鉄仮面」といわれるスタイルに、扉の上半分はライトグレーに塗られて3扉車をアピールし(*1)、扉の間隔も均一に揃えられました。
 車内は中央扉付近を除く扉間に6000系同様の集団背反式固定クロスシートを採用。6000系に比べてシートをやや大きくし、居住性の向上を図っています。(*2)また、歯車比を6000系よりやや小さくして(6.05→5.60)、最高速度が110km/hに向上しました。
 1992(平成4)年までに24編成96輌が製造されましたが、製造年時によって細かい違いが見られます。特に1989(平成元)年増備の6次車以降はスタイルが大きく変わり、最終増備の8次車ではオールロングシートとなっています。
 現在はセミクロスシートをロングシートに改造する工事が行われています。また、3扉車が増えてわざわざ区別する必要がなくなったためか、扉をスカーレット一色に変更しました。
   

(*1)1993(平成5)年以降、順次ライトグレーをダークグレーに変更。さらに2001(平成13)年からは、スカーレット一色に変更。
(*2)6000系はシートの幅825mm、シートピッチ750mm、6500系はシートの幅920mm、シートピッチ800mm(ただし6.7次車は840mm)。

雪の須ヶ口駅を出発する6500系。これは運転台後ろに小窓を設けた5次車です。 名古屋本線須ヶ口駅。 1988(昭和63)年2月4日撮影。 


 標識灯が2灯式になっている1次車。ただし、近年(2005年頃から?)標識灯を2次車以降と同様のLEDに変更した編成が登場しています。 名古屋本線知立駅。 1985(昭和60)年9月13日撮影。

 2次車からは、標識灯がLEDとなりました。また、4次車から側面に方向幕が設置されています。1993(平成5)年以降、扉の上半分と正面窓周りを白からダークグレーに変更しています。上の知立駅の画像と比べると、正面のグレーが濃くなっていることが分かります。
津島線甚目寺〜須ヶ口間。 1999(平成11)年10月9日撮影。

 6次車からは、正面窓の大型化、前照灯の窓下への移設など、車体が大きく変更されました。この列車は津島方面行きなのですが、なぜか「内海」と反対方向の行き先を表示しています。 津島線須ヶ口〜甚目寺間。 2002(平成14)年2月12日撮影。

6500系の略歴
1984(昭和59)年…日本車輌で4連4本製造。標識灯は角形2灯式。(1次車)

1985(昭和60)年…2〜6月に4連4本製造。座席位置や仕切り板の位置を変更、標識灯はLED1灯式に変更。(2次車)

1986(昭和61)年…1〜2月に4連5本製造。運転室背後の化粧板の模様変更。(3次車)

1987(昭和62)年…4月に4連2本製造。側面に方向幕設置、パンタグラフを変更。(4次車)11月製造の2本から冷房装置を変更、運転台の後ろに小窓を設置。(5次車)

1989(平成元)年…5月に4連3本製造。車体を大幅に変更、クロスシートのピッチを840mmに拡大。(6次車)

1990(平成2)年…7月に4連2本製造。ラインデリアを変更。(7次車)

1992(平成4)年…4月に4連2本製造。室内はオールロングシートに変更される。(8次車)

1993(平成5)年…この年に登場した3500系に合わせて、扉上半分及び正面窓周りをダークグレーに変更。

1995(平成7)年…この年からセミクロスシート車のロングシート化改造が始まる。

2001(平成13)年…この年から3扉車の扉を順次スカーレット一色に変更。

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参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅ver.3DX』 徳田耕一著 七賢出版(2002年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会