第7回:700形

お別れ運転時のモ703。 谷汲線稲富〜更地間。 1998(平成10)年4月5日撮影。

 旧名古屋鉄道(名鉄犬山線、津島線などの母体となった鉄道)(*1)が、1927(昭和2)年に10輌製造した車輌。旧名古屋鉄道初の半鋼製電車です。当時の名岐鉄道は名古屋市電の路線へ乗り入れていたため(*2)、屋根上にはパンタグラフとポールの両方を備えており、救助網も装備していました。
 長らく名鉄西部線(旧名岐鉄道線区の総称)で活躍してきましたが、1948(昭和23)年に名岐線(現名古屋本線名鉄名古屋〜名鉄岐阜間(*3))や犬山線、津島線などが1500Vに昇圧された後は、各務原線、広見線などの600V線区へ転属しました。これらの線区も本線との直通列車運転のために1500V化されると、さらに瀬戸線、そして揖斐・谷汲線へと活躍の場を移してきました。また、一部は北陸鉄道・福井鉄道へ譲渡されています。
 70年以上にわたって現役を貫きましたが、揖斐・谷汲線で最後まで残った2輌が1998(平成10)年にお別れ運転を行って引退、形式消滅しました。

(*1)旧名古屋鉄道は、1921(大正10)年に設立された鉄道会社で、翌1922年に名古屋電気銕道(てつどう)から郡部線(現犬山線、津島線、名古屋本線枇杷島分岐点〜丸ノ内間などの総称)を譲り受けて営業を開始しました。なお、名古屋電気銕道の(名古屋)市内線は、名古屋市に譲渡されて名古屋市電となっています。旧名古屋鉄道は、1930(昭和5)年に美濃電気軌道(現岐阜市内線、美濃町線、名古屋本線名鉄岐阜〜笠松間などの母体となった鉄道)と合併して名岐鉄道と改称、さらに1935(昭和10)年に愛知電気鉄道(現名古屋本線神宮前〜豊橋間、常滑線などの母体となった鉄道)と合併して、現在の名古屋鉄道となりました。なお、名古屋電気銕道は、1894(明治27)年設立の愛知馬車銕道が1898(明治31)年に電車を運転するに当たって改称した会社で、日本では京都に次いで2番目に営業用電車を運転した鉄道会社となりました。

(*2)旧名古屋電気銕道時代から、郡部線と市内線の直通運転は行われていましたが、それぞれが旧名古屋鉄道と名古屋市電に分かれてからも、旧名古屋鉄道のターミナルだった押切町駅から名古屋市中心部の柳橋(現地下鉄東山線名古屋〜伏見間のほぼ中間地点に当たります)まで、鉄道線電車が乗り入れていました。これは1941(昭和16)年、枇杷島橋(現枇杷島分岐点)以南の路線変更に伴って、国鉄(JR)名古屋駅前の地下に新名古屋駅(現名鉄名古屋駅)が開業するまで続きました。なお、新名古屋駅開業と同時に枇杷島橋〜押切町間は廃止されています。

(*3)現在の名鉄名古屋本線ですが、名鉄岐阜〜笠松間は美濃電気軌道、名鉄一宮〜国府宮間は尾西鉄道、丸ノ内〜押切町間は名古屋電気銕道、笠松〜(木曽川橋梁)〜名鉄一宮間と国府宮〜丸ノ内間は旧名古屋鉄道→名岐鉄道、神宮前〜平井信号所間は愛知電気鉄道がそれぞれ建設しました。なお、平井(信)〜豊橋間は、正式には豊川鉄道→国鉄(JR)飯田線への乗り入れです。1935(昭和10)年に現在の名鉄が成立した時点では、新岐阜(現名鉄岐阜)〜押切町(のち新名古屋へ移転)間が名岐線、神宮前〜豊橋間が豊橋線と呼ばれていました。
 1944(昭和19)年には新名古屋(現名鉄名古屋)〜金山橋(現在は移転して金山に改称)〜神宮前間を連絡する東西連絡線が建設されて、初めて新岐阜〜豊橋間が一本のレールで結ばれます。しかし、架線電圧は新岐阜〜金山橋間が600V、金山橋〜豊橋間が1500Vと異なっており、乗客は金山橋での乗り換えを余儀なくされていました。1948(昭和23)年に金山橋以西が1500Vに昇圧にされて、ようやく新岐阜〜豊橋間の直通運転が可能となりました。同時に名岐線、東西連絡線、豊橋線を統合して名古屋本線と改称、現在に至っています。

モ703のプロフィール。連結面側を見ると、運転台を撤去したあとがわかります。
谷汲線赤石〜北野畑間。 1998(平成10)年4月5日撮影。


700形の略歴

1927(昭和2)年 …日本車輌で、デセホ700形として10輌製造。

1948(昭和23)年…名岐線などの1500V昇圧(5月)に伴い、広見線、大曽根線(現小牧線)、各務原線に転属。

1964(昭和39)年…この年3月に各務原線が、10月に小牧線が1500V昇圧。701.705の2輌を福井鉄道へ譲渡。同社の140形(後の140形とは異なります)となる。また、707〜710の4輌は北陸鉄道へ譲渡。同社の3700形となる。また、新川工場の火災により、706が廃車となる。

1965(昭和40)年…この年4月に広見線1500V昇圧。瀬戸線へ転属。

1978(昭和53)年…瀬戸線1500V昇圧。揖斐・谷汲線へ転属。

1992(平成4)年…702廃車。残りは703.704の2輌となる。

1998(平成10)年…4月にさよなら運転を実施、全車廃車。

* このページの初版で、モ706とモ760の廃車年月についてご教示をお願いしましたが、弊サイトをご覧いただいた方より、この2輌は1964(昭和39)年に新川工場入場中、火災のため廃車になったということを教えていただきました。ありがとうございました。おかげさまでモ700形全車の消息を確かめることができました。


参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1996年7月臨時増刊号 (特集:名古屋鉄道) 鉄道図書刊行会
『路面電車と町並み 岐阜・岡崎・豊橋』 日本路面電車同好会名古屋支部編 トンボ出版
『岐阜のチンチン電車』 郷土出版社
『名古屋鉄道』(復刻版私鉄の車両11) 飯島巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(1985年に保育社より初版発行。2002年復刻)
『戦後を走った車両たち 名古屋鉄道編』 渡利正彦著 岐阜新聞社

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