第73回:7300系

 側面のみを見ると、7000系パノラマカーと間違えてしまいそうな7300系。蒲郡線〜津島・尾西線の支線直通急行に活躍していた、昭和60年代の画像です。 名古屋本線知立駅。 1985(昭和60)年9月11日撮影。

 つりかけ駆動のAL車、3800系800形の機器を再利用し、7000系パノラマカーに準じた車体を新製した車体更新車です。1971(昭和46)年にMc(モ7300)-T(サ7400)-M(モ7450)-Tc(ク7200)の4連3本(7301〜7303F)とMc-Tcの2連9本(7304〜7312F)の合計30両が日本車両で製造されました。当時は通票閉塞を採用していた尾西線や三河線への直通を配慮して、正面は3780系のような切妻形車体に5500系と同様に3つの前照灯を取り付けた通常運転台となっています。運転台部分を除いた部分や客室内は当時増備中だった7000系7次車に準じたものとなり、屋根上には、8500kcal/hのRPU-2208形クーラーを搭載、名鉄AL車初の冷房車となりました。
 登場後は、パノラマカー並みの車内設備を活用して、尾西線や三河線などへの支線直通特急(*1)に使用され、支線区の冷房化と速達化に貢献しました。また、冷房付きの強みを生かしてか、つりかけ駆動の更新車ながら座席指定特急に使用されたこともありました。当初はさらに増備される計画があったそうですが、当時は車体更新よりも車両増となる新造車増備の要望が強く、7300系に続くAL車の更新は1986(昭和61)年の6650系まで行われませんでした。
 当初は台車にタネ車のものであるD-18を使用していましたが、1976(昭和51)年までにD-18のローラーベアリング化を完了、1978(昭和53)年より新製のMS-36へと台車交換を実施しています。昭和50年代半ばには特急に使用されることがなくなり、(*2) 1980(昭和55)年には、節電と車内照度維持のため室内の蛍光灯の本数削減と蛍光灯カバーの取り外しとミュージックホーン取り外しを実施、合わせてラッシュ対策として扉付近のクロスシートを撤去(各扉の車体中央側1列分)しています。
 平成の世になってからも支線区を中心に活躍を続けてきましたが、1996(平成8)年から廃車が始まり、1997(平成9)年に形式消滅しました。廃車後は、サ7401-モ7451の2両(*3)を除く28両が豊橋鉄道に譲渡されました。

(*1)7300系の登場を紹介している『鉄道ピクトリアル』1972年1月号では、支線直通特急のことを「B特急」と表現していますが、実際にそのような呼称があったのでしょうか?
(*2)名鉄本線系統の路線では、1967(昭和42)年8月から1974(昭和49)年9月まで、「急行」を廃止して「特急」「準急」「普通」の3種別を基本とする、都市間高速輸送重視のダイヤを設定していました。しかし、特急停車駅以外からの利用が不便になってしまったためか、昭和49年には「急行」が復活、支線直通特急は急行化されていきます。また、1977(昭和52)年3月のダイヤ改正で、「特急」はすべて座席指定とし、これまでの「特急」(特別料金不要・自由席)を「高速」としました。このようなこともあって、7300系が特急に使用されなくなっていたと考えられます。
 なお、「高速」は、1990(平成2)年10月のダイヤ改正で再び「特急」に統合されて廃止、この改正で「特急」に「特別車」(座席指定・特別料金必要)と「一般車」(自由席・特別料金不要)が設定されています。ただし、平成時代に入ってからも、国府〜豊川稲荷間で正月輸送期間中に「全車一般車特急」として臨時に運転されることがあったようです。
(*3)サ7401-モ7451のFS-36は、3400系のモ3401(もと3403)-ク2401(もと2403)に再利用されています。

 7300系の大半は、1997(平成9)年7月の豊橋鉄道渥美線1500V昇圧に備えて同線に転出。豊鉄7300系として活躍を始めました。渥美線の完全冷房化は達成されたものの、20世紀末になって全車つりかけ駆動車に逆戻りという珍現象を引き起こしました。
 2扉クロスシート車ではラッシュ時に対応しきれないということもあってか、渥美線での活躍は短く、2000(平成12)年以降順次1800系(旧東急7200系)に置き換えられ、2002(平成14)年には最後まで残ったなのはな色の7304Fも廃車となりました。
 豊橋鉄道渥美線 南栄〜高師間。 1997(平成9)年8月23日撮影。

  

 豊鉄では、スカーレットにクリーム帯の標準色のほかにご覧のような塗装も見られました。黄色に黄緑帯の「なのはな色」(7302.7304Fに実施)と、青に白帯の「なぎさ色」(7303.7307Fに実施)です。
 なのはな色は、豊橋鉄道渥美線小池駅にて。なぎさ色は、豊橋鉄道高師車庫にて。 2枚とも1997(平成9)年8月23日撮影。  


7300系の略歴

1971(昭和46)年…10〜12月にかけて日本車両にて、4連3本(7301〜7303F)および2連9本(7304〜7312F)の計30両が改造落成。

1972(昭和47)年…7301Fに試験的に電動式方向幕を取り付け。
(*4)

1976(昭和51)年…この年までに、D-18台車のローラーベアリング化完了。

1978(昭和53)年…台車を新製のMS−36に交換。

1980(昭和55)年…このころから、ラッシュ対策として、扉内側のクロスシート1列分を撤去。あわせてミュージックホーン撤去、蛍光灯カバーの取り外しと蛍光灯本数削減を実施。

1987(昭和62)年…この年から1990(平成2)年にかけて、空気圧縮機をC-1000に交換。

1996(平成8)年…6月、7303F.7309〜7312Fの5編成12両が廃車。全車豊橋鉄道へ譲渡。

1997(平成9)年…4月、7301.7304.7306.7308Fの4編成10両が廃車。5月、7302.7305.7307Fの3編成8両が廃車。形式消滅。7301Fのモ7451-サ7401の2両は解体の上、台車を3400系3401F(もと3403F)に転用。残り16両は全車豊橋鉄道に譲渡。

(*4)『名鉄パノラマカー』『パノラマカー栄光の半世紀』(JTBパブリッシング)の記述では、電動式方向幕の取り付けは1972(昭和47)年11月からとなっています。しかし、その文章に添付された写真のキャプションは「昭和47年6月」となっており、本文と写真に矛盾がみられます。もし写真の撮影年月が正確であるならば、昭和47年6月には電動式方向幕の試用が実施されていたことになります。

7300系←3800(800)系機器流用新旧番号対照

モ7301←モ3803
モ7302←モ3801
モ7303←モ3804
モ7304←モ3802
モ7305←モ3810
モ7306←モ3806
モ7307←モ806
モ7308←モ3824
モ7309←モ3823
モ7310←モ3817
モ7311←モ3819
モ7312←モ3825

モ7451←モ3829
モ7452←モ3822
モ7453←モ3820

ク7201←ク2803
ク7202←ク2801
ク7303←ク2804
ク7204←ク2802
ク7205←ク2810
ク7206←ク2806
ク7207←ク2835
ク7208←ク2824
ク7209←ク2823
ク7210←ク2817
ク7211←ク2819
ク7212←ク2825

サ7401←ク2829
サ7402←ク2822
サ7403←ク2820

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参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。

『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『名鉄』 白井良和・諸河久共著 保育社(1989年初版発行)
『まるごと名鉄ぶらり沿線の旅ver.2』 徳田耕一著 七賢出版(1998年初版発行)
『鉄道ピクトリアル』1979年12月臨時増刊号 1986年12月臨時増刊号 1996年7月臨時増刊号 (ともに特集:名古屋鉄道)  1972年1月号 鉄道図書刊行会
『復刻版 私鉄の車両11・名古屋鉄道』 飯山巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(保育社より1985年初版発行:2002年復刻)
 
『私鉄電車ガイドブック4』 東京工業大学鉄道研究部編 誠文堂新光社
『鉄道ジャーナル』1997年6月号 1998年4月号 鉄道ジャーナル社
『鉄道ダイヤ情報』2008年6月号 交通新聞社
『名鉄パノラマカー』『パノラマカー栄光の半世紀』 徳田耕一著 JTBパブリッシング