第69回:760形(初代560形・旧瀬戸電気鉄道ホ103形)

 愛知県瀬戸市の瀬戸市民公園(名鉄瀬戸線新瀬戸・愛知環状鉄道瀬戸市駅から北北東へ約2km。最寄りバス停は市民公園前)に保存されている、旧名鉄モ766。前照灯の位置が製造当初の正面窓下に移設されています。 2004(平成16)年11月22日撮影。 

 1926(大正15)年から製造された、瀬戸電気鉄道(現 名鉄瀬戸線)初の半鋼製ボギー車ホ103形。日本車輌で10輌が製造されました。当時の瀬戸線はホームが床式だったためステップがつき、ポール集電、前照灯も正面窓下1灯と、路面電車のようなスタイルで登場しています。1939(昭和14)年に名鉄に合併、その時に初代モ560形561〜570と改称されました。1949(昭和24)年には、瀬戸線のホームかさ上げによってステップがなくなりました。また、前照灯も屋根上に移設されています。
 長らく瀬戸線の主力として活躍してきましたが、1962(昭和37)年にモ566〜570の5輌が揖斐・谷汲線へ転属、1964(昭和39)年にはモ561〜564の4輌が北恵那鉄道へ譲渡され、モ565は揖斐谷汲線へ転属しています。1967(昭和42)年にモ565〜570はモ760形765〜770と改称されましたが、1978(昭和53)年までに全車廃車となりました。また、1973(昭和48)年には北恵那鉄道へモ765が譲渡され、同社へ譲渡された760(560)形は計5輌となりましたが、こちらも1978(昭和53)年9月の北恵那鉄道廃止によって形式消滅しています。
 現在は瀬戸市の市民公園にモ766(旧566・瀬戸電ホ108)が保存されています。

旧瀬戸電気鉄道の社章が復元されています。 2004(平成16)年11月22日撮影。

 モ766の説明板です。2004(平成16)年11月22日撮影。

760形の略歴

1926(大正15/昭和元)年…5月、日本車輌で瀬戸電気鉄道ホ103形2輌を製造。瀬戸電初の半鋼製ボギー車。

1928(昭和3)年…5月にホ105〜108の4輌を、9月にホ109.110の2輌をそれぞれ日本車輌で増備。ホ103〜108までの6輌は外板をリベットで接合しているが、ホ109以降は溶接構造となる。

1929(昭和4)年…9月、日本車輌でホ111.112の2輌を増備。

1939(昭和14)年…9月1日、瀬戸電気鉄道は名古屋鉄道と合併。名鉄瀬戸線となる。ホ103形103〜112は、名鉄初代モ560形561〜570と改称。

1948(昭和23)年…1月、モ565-サ2241の2連が大森駅(現 大森・金城学院前駅)東方のカーブで脱線転覆事故を起こす。死者34名、負傷者108名。原因はスピード超過。

1949(昭和24)年…瀬戸線のホームかさ上げにともない、ステップを撤去。

1960(昭和35)年…このころより集電装置をパンタグラフ化。

1962(昭和37)年…モ566〜570の5輌が揖斐・谷汲線へ転属。

1964(昭和39)年…モ561〜564の4輌を廃車、北恵那鉄道へ譲渡。565は揖斐・谷汲線へ転属。

1967(昭和42)年…モ560形は、モ760形765〜770へ改称。岐阜市内線に2代目560形(元北陸鉄道モハ2200形)が登場したためと考えられる。

1968(昭和43)年…8月、モ768.770廃車。

1970(昭和45)年…7月、モ769廃車。

1973(昭和48)年…12月、モ765廃車。北恵那鉄道へ譲渡され、同社のモ565に改称。

1978(昭和53)年…10月、モ766.767廃車、形式消滅。

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参考文献
このページの作製にあたって、以下の文献を参考にさせていただきました。
『名鉄』 白井昭・白井良和・井上広和共著 保育社(1981年初版発行)
『私鉄電車ガイドブック4』 東京工業大学鉄道研究部編 誠文堂新光社
『名古屋鉄道』(復刻版私鉄の車両11) 飯島巌・白井良和・井上広和共著 ネコ・パブリッシング(1985年に保育社より初版発行。2002年復刻)
『せとでん100年』 山田司・鈴木裕幸共著 中日新聞社