名古屋市電のあゆみ(暫定版:昭和45年まで)

 このページでは、名古屋の路面電車のあゆみについて年表形式でまとめました。記述内容は参考文献(名古屋市電覚え書きのページに記載)に基づいてます。資料ごとの記述の違いなどによって、一部で不明な点や矛盾する点がみられますが、あえてそのまま記載してあります。もし、お気づきの点や、事実と異なる点などがありましたら、お手数ですが弊掲示板またはメールにてお知らせくださいますよう、お願いします。

 名古屋市科学館に保存されている、1400型1401。1936(昭和11)年の登場から1974(昭和49)年の市電全廃まで、30年以上に渡って活躍した、市電の代表的な形式です。ワンマン化・窓枠のアルミサッシ化などが行われた、現役末期のスタイルで保存されています。 2005(平成17)年12月17日撮影。

T 名古屋電気銕道(てつどう)時代(明治27年〜大正11年7月)

年 代 主 な で き ご と
1894(明治27)年  愛知馬車銕道(株)設立。
 翌年動力を電気に変更する願い出を出し、明治29年には、名古屋電気銕道(株)と改称。
1898(明治31)年  5月6日、名古屋電気銕道によって栄町(広小路)線笹島〜県庁前(久屋町→武平町)間開通。京都に次いで日本で2番目の営業用市内電車。
1901(明治34)年  2月19日、押切線柳橋〜押切間開通。
 12月31日現在の名古屋市人口、250,748人。
1903(明治36)年  1月31日、栄町線久屋町〜西裏間開通。
1906(明治39)年  3月、電車の進行を右側通行から左側通行に変更。
1908(明治41)年  5月3日、熱田線栄町〜熱田駅前間開通。
 9月17日、熱田線熱田駅前〜熱田伝馬町間開通。
1910(明治43)年  2月23日、公園線上前津〜新栄町間開通。
 3月16日、築港線熱田駅前〜築地口間開通。
 4月に熱田電気軌道(株)設立。
 7月15日、熱田電軌によって熱田神戸橋(内田橋)〜東築地間開通。
1911(明治44)年  6月9日、御黒門線上前津〜門前町間開通。
 6月24日、江川線柳橋〜洲崎町間開通。
 8月19日、覚王山線北畑(現在の千種駅前)〜月見坂(覚王山)間開通。
 11月3日、江川線州崎橋〜山王橋間開通。
1912(明治45・大正元)年   1月11日、築地線築地口〜築地橋間開通。
 4月1日、栄町(広小路)線西裏〜千種駅前(現 千郷町付近)間開通。
 4月21日、尾張電気軌道(株)によって、千早町〜興正寺前(八事)間開通。
 5月6日、江川線尾頭橋〜船方間開通。
 5月22日、覚王山線西裏〜北畑間開通。
 5月23日、江川線山王橋〜古渡橋間開通。25日には、尾張電軌の大久手〜今池間開通。
 9月1日、熱田電軌の熱田神戸橋〜熱田伝馬町間開通。
 11月8日、江川線古渡橋〜尾頭橋間開通。
 12月、下之一色電気軌道(株)設立。
1913(大正2)年  10月17日、中村土地(株)軌道部(後の中村電気軌道)によって、明治橋(現在の中村警察署付近)〜中村公園間開通。
 11月12日、御幸線志摩町〜御園御門前間開通。
 11月20日、押切町〜柳橋間に郡部線(現在の名鉄犬山線・津島線などの母体)の電車が乗り入れ開始。
 12月20日、下之一色電軌の尾頭橋〜下之一色間開通。
1914(大正3)年  8月20日、外堀線御園御門〜本町御門(名古屋城)間開通。
 9月6日、電車値下げ問題市民大会が鶴舞公園で開かれ、暴動化。電車焼きうち、車庫への放火などにより、電車5輌が全焼。軍隊の出動によって鎮圧。
 11月5日、片端(東片端)線本町御門〜東片端間および高岳(たかおか)線長塀町3丁目(清水口)〜東新町間開通。
1915(大正4)年  3月17日、高岳線長塀町3丁目〜赤塚間開通。
 4月26日、高岳線赤塚〜徳川邸前(徳川町)or大曽根八幡前?間開通。
 5月30日、高岳線徳川邸前(徳川町)or大曽根八幡前?〜大曽根間開通。
 10月10日、上江川線明道橋(明道町)〜江川町間開通。
 11月4日、上江川線江川町〜浄心前(浄心町)間、片端(東片端)線東片端〜平田町間、葵町線新栄町〜平田町間開通。
1916(大正5)年  3月、築地電気軌道(株)設立。
1917(大正6)年  6月16日、築地電軌の築地口〜稲永新田(稲永町)間開通。
1917(明治7)年  9月21日、築港線築地橋〜築港(名古屋港)間開通。
1919(大正8)年  4月15日、熱田電軌は、名古屋電気銕道に合併。
 4月16日、葵町(山口町?)線平田町〜赤塚間、東築地線竜宮町〜南陽館間開通。
1920(大正9)年  2月21日、名古屋電気銕道初のボギー車1500型(後の名鉄350.400形)完成。郡部線で使用。
 6月7日、名古屋電気銕道本社、那古野車庫火災。電車91輌を焼く。
 7月13日、市内線電車市営に関する意見書を、市議会に提出。満場一致で可決。
1921(大正10)年  7月、名古屋電気銕道は、軌道部(名古屋市内線)と地方鉄道部(郡部線…現在の名鉄犬山線・津島線などの母体)とに分離。地方鉄道部を新設の名古屋鉄道(株)(現在の名鉄と系列的につながるが、別会社)へ譲渡。
 12月7日、堀内(町)線笹島町〜堀内町〜那古野町間開通。
 この年、市内線初のボギー車15輌完成。(1001〜1015.市営化後SB型)
1922(大正11)年  6月8日、電気軌道事業譲渡の件、主務大臣より認可を受ける。8月1日より市営移管。 

U 名古屋市電気局時代(大正11年8月〜昭和20年10月)

年 代 主 な で き ご と
1922(大正11)年  8月1日、名古屋市電気局設立。名古屋電気銕道(株)を買収。市営化当時の車輌235輌、従業員1218名、路線延長42.5km、車庫は西裏、那古野、老松、沢上の4か所。
 12月16日、運転系統改正。系統円盤を車体に取り付け。いろは順に、い号〜そ号の18系統。
1923(大正12)年  1月16日、明道町線明道橋(明道町)〜菊井町間開通。
 1月25日、東郊線小針(東郊通1丁目)〜牛巻間、高辻〜滝子間開通。
 3月24日、市営後初の大型単車(LSC型)30輌が日本車輌で完成。さらに6月までに22輌を追加製造(338〜389)。
 9月20日、高岳延長線東新町〜鶴舞公園間開通。
 11月3日、岩井町線門前町(大須)〜岩井町(西大須)間開通。
 12月20日、岩井町線岩井町〜水主町(かこまち)間開通。
 12月から翌年2月にかけて、大型ボギー車(LB型:1016〜1043)28輌が日本車輌で完成。
1924(大正13)年  7月20日、大津町線栄町〜大津橋間開通。
1925(大正14)年  5月、中型ボギー車(MB型:1101〜1116)16輌が田中車輌で完成。
 7月1日、築地電軌の稲永新田(稲永町)〜明徳橋間開通。
 12月23日、東郊線鶴舞公園〜小針(東郊通1丁目)間開通。  
1926(大正15・昭和元)年  1月23日、押切線志摩町〜那古野町間営業廃止。
 4月1日、通行税廃止。電車車掌助手(少年車掌)採用。
 5月31日、築地電軌の明徳橋〜下之一色間開通。
 6月7日、電車単車2輌を電気局那古野工場で無蓋貨車に改造。(電動無蓋貨車1.2号)
 6月15日、電車乗換券色刷り実施。(午前用赤・午後用黒)
1927(昭和2)年  2月6日、覚王山線今池〜北畑(千種駅前)間開通。
 3月、1200型(BLA型)2輌(1201.1202)が日本車輌で完成。
 4月17日、東郊線牛巻〜堀田間開通。
 6月1日、割引電車運転時間中、急行電車運転開始。(停留所116か所中43か所通過)
 7月10日、押切浄心連絡線押切町〜浄心前(浄心町)間開業。
 7月14日、改造小型単車36輌廃車。うち2輌は三重県の桑名電軌へ譲渡。
 8月27日、新三河鉄道(株)設立。
 12月、1200型2輌(1203.1204)が日本車輌で完成。 
1928(昭和3)年  1月6日、停留所名称変更。名古屋城(旧本町御門)、大須(旧門前町)、松阪屋前(旧矢場五ノ切)、南陽館前(旧東築地)、築地電車前(旧築地口)、市役所前(旧南武平町)、電気局前(旧那古野町)、税務署前(旧東古渡)、外堀町4丁目(旧長島町)。
 3月、1200型6輌(1205〜1210)が東洋車輌で完成。
 10月25日、藤成線滝子〜桜山町間開通。
1929(昭和4)年  6月1日、尾張電気軌道(株)千早〜八事、大久手〜今池間の軌道事業及びバス事業を新三河鉄道(株)二条と。
 7月、LWS型散水電車運転開始。1300型(BLC型)16輌(1301〜1316)が田中車輌で完成。9月より運転開始。
1930(昭和5)年  2月1日、名古屋市バス営業開始。車輌40輌。
 5月9日、千早線矢場町〜千早間開通。
 5〜7月にかけて、大型低床単車(SLA型)3輌(280〜282)が電気局那古野工場で完成。さらに11月から翌年6月にかけて、日本車輌で、17輌(263〜279)が完成。
 
この年、名古屋市の人口100万人を突破。
1931(昭和6)年  2月11日、西町車両工場開設。那古野車両工場から移設。
 7月25日、朝の急行運転廃止。
 9月1日、池下車庫完成。
 9月18日、柳条溝事件。満州事変勃発。
 10月から翌年にかけて、大型単車11輌(140〜150)電気局西町工場で完成。
1932(昭和7)年  5月、大型低床単車(SLA型)10輌(253〜262)が川崎車輌で完成。
 12月30日、循環東線桜山町〜市民病院前間開通。
1933(昭和8)年  1月25日、電車スピードアップ旬間運動実施。表定速度14.67km/hに向上。(以前は14.22km/h)
 7月2日、電車・バス相互乗継制度実施。
 8月24日、廓内線大津町〜市役所前間開通。市役所(*)の落成は10月1日。
*現在の名古屋市役所
1934(昭和9)年 
 9月1日、電車のスピードアップ実施。最高30km/h。(旧24km/h) 運転時分大改正。
 9月11日
、水主町延長線水主町〜六反小学校前間開通。
1935(昭和10)年  1月31日、半流線型車輌2輌(改造単車151.152.塗装は緑に屋根銀色)、電気局西町工場で完成。翌日より運転。
 2月、電車車体塗色改装。上半分薄黄色、下半分緑色。(旧塗色は深紅色)
 10〜12月、改造単車8輌(153〜160)電気局西町工場で完成。
1936(昭和11)年  5月24日、中村電気軌道(株)を買収。買収路線は明治橋〜中村公園間(中村線)。
 12月から翌年5月にかけて、改造単車10輌(161〜170)電気局西町工場で完成。
 12月から翌年2月にかけて、1400型20輌(1401〜1420)が日本車輌で完成。
1937(昭和12)年  2月1日、名古屋駅新駅舎営業開始。(現在地へ移転)
 2月27日、東山公園線覚王山〜東山公園間開通。
 3月1日、新三河鉄道(株)、築地電軌(株)、下之一色電軌(株)、岩塚バス(株)、東海自動車(株)、(株)名古屋桴扱所の軌道事業、バス事業を買収。買収電車路線は、新三河鉄道今池〜大久手間(循環東線)及び千早〜八事間(八事線)、築地電軌築地口〜下之一色間、下之一色電軌下之一色〜尾頭橋間(築地口〜尾頭橋通しで下之一色線)。
 3月11日、野立築地線日比野〜築地口間開通。
 3月14日、中村線笹島町〜中村公園間軌道新設改良工事竣工。直通運転開始。
 3月15日、名古屋汎太平洋平和博覧会開催。(5月31日まで)博覧会場行き電車・バス臨時系統大増発。
 4月16日、笹島線笹島町(旧名古屋駅前)〜名古屋駅前間開通。
 7月7日、蘆溝橋事件。日中戦争勃発。
 8月8日、納涼電車5輌、栄町(広小路)線で運転。
 10月1日、電車に女子車掌初めて乗務。
 12月から翌年3月にかけて、改造単車20輌(171〜190)電気局西町工場で完成。
1938(昭和13)年  5月から翌年3月にかけて、改造単車14輌(191〜204)電気局西町工場で完成。
 6月1日、下之一色線、築地線連絡完成。
 8月、1400型10輌が日本車輌で完成。
 12月2日、電車運転系統を整理。32系統を27系統に統合。電車系統記号を「いろは」からアラビア数字に変更。
1939(昭和14)年  5月15日、大曽根線大曽根終点を延長。
 9月6日、電力節約のため、電車運転車両を制限。
 10月、1400型10輌が日本車輌で完成。
1940(昭和15)年  1月15日、電力事情悪化。電車1割5分節電。下旬には2割5分に強化。(3月25日解除)
 2月6日、座席を半減した、旧型車改造の「立ちん坊電車」が完成。
 2月21日、急行電車運転開始。車体前側面に急行表示。停留場199か所中78か所通過。
 4月1日、通学定期発行。
 5月28日、大江線内田橋〜南陽通8丁目(竜宮町)間、笹島線笹島町〜六反小学校前間開通。内田橋〜東築地間営業廃止。
1941(昭和16)年  3月1日、電車乗換券、バス乗継券を縮小。運転系統改正。
 3月20日、電車朝間割引券発売開始。
 5月1日、大江線南陽通8丁目〜東橋間開通。
 5月16日、循環東線市民病院前〜新瑞橋間開通。
 5月から7月にかけて、1400型20輌(1441〜1460)が日本車輌(1441〜1450)及び木南車輌(1451〜1460)で完成。
 7月、全国路面電車で初の連接車2600型15輌(2601〜2615)が木南車輌で完成。
 12月8日、太平洋戦争開戦。
 12月30日、築地支線稲永町〜稲永新田(西稲永)間開通。
 12月から翌年4月にかけて、1400型15輌(1461〜1475)が新潟鉄工所で完成。
1942(昭和17)年  1月29日、輸送力増強のため、親子電車5組運転開始。(ボギー車に電装解除した単車を連結)使用車輌は、ボギー車が1039〜1043、単車が140.313.315.321.371。 
 4月6日、官公署、中等学校の時差出勤・登校実施。
 4月22日、築港線・築地線船方〜稲永町間に貨物電車運転開始。
 6月12日、 灯火管制にも心配のないスパークなしの電車2輌、千早線で運転開始。
 6月25日、大曽根線大曽根〜東大曽根間開通。
 8月1日、電気局創設20年。電車・バス共通通勤定期券発行。
 11月25日、急行電車第1次強化。(始発〜9時・16時〜20時)
1943(昭和18)年  1月2日、工場勤務員(産業戦士)優先乗車の取り扱い実施。全車輌の9割に「工」表示。
 1月17日、特別急行電車運転開始。(始発〜9時) 特急運転中の運転休止区間設定及び運転系統変更。
 1月25日、急行電車第2次強化。(7時〜20時)
 2月15日、急行電車第3次強化。(7時〜終業) 及び電車終業一部繰り上げ。
 3月20日、広井線名古屋駅前〜那古野町間開通。堀内町線(笹島町〜堀内町〜那古野町)廃止。
 4月1日、工場時差出勤強化。従来の2段制を、3段制(6:30.7:00.7:30)に。中等学校時差登校強化。(男子7:40、8:00。女子8:20)
 4月9日、電車・バスの女子車掌500人の服装をもんぺに統一。
 5月10日、無軌条電車(トロリーバス)、東大曽根〜桜山町間に開通。
 5月28日、電車運転系統改正。19系統を22系統に。
 6月1日、電車・バス相互乗継制度廃止。電車通学回数券廃止。
 7月、呉市電の注文流れ車900型3輌(901〜903)が木南車輌で完成。
 10月1日、笠寺線新瑞橋〜笠寺西門前間開通。
 10月、小型改造ボギー車(1050型)、20輌が日本車輌で完成。
 11月18日、特急電車第1次強化実施。(始発〜7時30分・18時〜20時)通過停留所増加。工場勤務員優先乗車を6時〜7時30分に延長。
 12月1日、廓内線市役所前〜大津町間及び栄町線西裏〜千種駅前(現在の千郷町付近)間運転休止。特急電車第2次強化ならびに工員集中輸送系統、折り返し系統新設。
 12月25日、電車の男女区別乗車実施。
 12月30日、八熊東線沢上町〜八熊通間開通。
1944(昭和19)年
 1月(3月?)、3000型連接車10輌が木南車輌で完成。(車輌の完成は昭和18年中?)
 1月7日、第1次安全地帯撤去完了。武平町はじめ43か所。
 1月25日、節電のため終業時間を1時間繰り上げて23時30分に。
 2月23日、第2次安全地帯撤去完了。桑名町はじめ11か所。
 3月1日、八熊東線高辻〜沢下町間開通。本庁勤務男子職員で輸送挺身隊を組織。電車車掌補助として乗務開始。
 4月10日、築地口に渡り線完成。運転系統一部改正。
 4月15日、学徒勤労報国隊、電車車掌就業開始。
 4月22日、京都市より譲受電車8輌運転開始。
 5月(9月?)、改造電車運転開始。(LB型を日本車輌で改造の1150型1151〜1160?)
 5月13日、決戦非常措置として、乗車券車内販売を停止。通勤時間帯乗切制実施。特急電車運転時間帯延長。乗車券の市内委託販売などを実施。
 6月19日、休止中の西裏〜千種駅前間の軌道撤去完了。翌日には同じく休止中の市役所前〜大津橋間の軌道も撤去完了。
 7月2日、矢場町〜千早町〜大久手間運転休止。同区間の資材を東臨港線の建設に転用。
 7月11日、御成通線大曽根〜上飯田間開通。
 7月31日、大江線東橋〜六号地(大江町)間及び東臨港線六号地〜仮大江間開通。
 8月1日、笠寺延長線笠寺西門〜笠寺駅前間開通。
 8月、900型4輌(904〜907)が木南車輌で完成。
 9月1日、女子交通挺身隊就業。84名が応援乗務開始。
 10月24日、大江跨線橋完成。東臨港線仮大江〜大江(港東通)間開通。
 11月30日、東臨港線北頭(大江?)〜笠寺駅前間開通。
 12月7日、東南海大地震。電車路線24.5km運転不能。
 12月20日、八熊東線・東西連絡線金山橋〜沢下町間開通。集中系統新設。 
1945(昭和20)年  1月18日、本庁職員で、電車運転技術修得者が挺身乗務に勤務。
 1月29日、市役所女子職員交通挺身隊として勤務。
 3月10日、県庁女子職員交通挺身隊として勤務。
 3月19日、空襲のため、池下電車運輸事務所、御器所自動車運輸事務所及び松ヶ枝分所全焼。長塀町・池下変電所焼失。
 3月21日、戦災対策として、終業後電車車輌を各路線上に疎開。
 3月27日、電車・バス終日乗切制実施。乗換券全面発行停止。営業時間繰り上げ、運転休止区間設定など第2次戦時非常措置実施。上江川線柳橋〜浄心前間及び高岳・高岳延長線鶴舞公園〜東片端間運転休止。
 4月13日、日中空襲時停車退避実施。
 5月16日、空襲により都島、大江、瑞穂、船方の各変電所焼失。
 5月17日、空襲により大江線内田橋〜六号地間運転休止。(7月15日再開)
 8月15日、太平洋戦争は敗戦により終結。名古屋市への空襲は、昭和19年12月13日から昭和20年7月26日まで38回。のべ1,973機来襲。死者7,802人、罹災135,203戸、被災地域は全市の23.86%。市電の全焼38輌、大破19輌、被害159輌。
 8月19日、戦時態勢要員の解除。8月25日、女子学徒勤労報国隊・市役所県庁女子挺身隊解散。9月30日、地域挺身隊解散。10月15日、男子学徒全員解散。
 9月1日、 特急電車運転廃止。終日急行運転。停留所種別を大幅に整理。
 10月2日、名古屋市電気局を名古屋市交通局と改称。

V 名古屋市交通局時代(昭和20年10月〜)

年 代 主 な で き ご と
1945(昭和20)年  10月2日、名古屋市電気局改め、名古屋市交通局発足。
 10月23日、運転系統大改正。
 11月29日、名古屋交通労働組合結成。
1946(昭和21)年  2月15日、電車特殊定期券(全線定期)発行。
 4月1日、乗車料金改定。30銭均一。運転系統を改正。基本系統23本新設、随時系統24本設定。休止区間(高岳・高岳延長線鶴舞公園〜東片端間2.51km)運転再開。
 6月11日、8時間勤務制採用。
 9月21日、上江川線明道町〜柳橋間1.07km運転再開。
 12月(9月?)、戦災ボギー車、旧型ボギー車15輌(10輌?)が日本車輌で改装完成。(1150型1161〜1170?「戦災ボギー車」は、1400型の被災車5輌のことで、あわせて15輌?)
1947(昭和22)年  2月24日、乗車料金改定、40銭均一。
 2月、2700型連接車3輌が木南車輌で完成。
 6月3日、大学・専門学校の学生160人、電車車掌乗務開始。12月10日終了。
 6月21日、乗車料金改定、1円均一。
 8月5日、上江川線浄心〜明道町間1.6km運転再開。築地支線西稲永(稲永町)〜稲永新田(西稲永)間0.7km運転休止にともない、運転系統改正。
 8月、2700型連接車3輌が木南車輌で完成。
 9月3日、乗車料金改定、2円均一。
 11月21日、電車3ヶ月定期券発売開始。
 12月1日、節電のため、営業時間1時間半短縮。
1948(昭和23)年  1月4日、東臨港線大江〜六号地間軌道撤去。
 1月、1070型半鋼製小型ボギー車5輌が新潟鉄工所で完成。洋紅色(マルーン)で、別名赤電車と呼ばれた。
 2月25日、電車急行運転廃止。普通運転に復帰。停留所新設 広見町。
 4〜12月、2700型連接車5輌が木南車輌で完成。
 4月1日、営業時間第1次延長、始業(午前)5時30分を5時に繰り上げ。
 5月25日、乗車料金第1次改定、3円50銭均一。
 6月21日、営業時間第2次延長、終業22時30分を23時に繰り下げ。
 8月5日、乗車料金改定第2次改訂、6円均一。
 11月1日、日野ディーゼルトレーラーバス運転開始。桜山町〜東大曽根間ラッシュ時無軌条電車の輸送力増強。
 11月、改造大型ボギー車1100型(1150型?)7輌が新潟鉄工所で完成。
 12月25日、2700型連接車運転開始。 
1949(昭和24)年  3月31日(2月?)、1500型ボギー車10輌が日本車輌で完成。
 6月10日、乗車料金改定、8円均一。営業時間変更、5時30分〜23時30分。
 7月15日、清水口延長線清水口〜黒川間1.6km開通。 東山公園ライオン歓迎花電車3輌運転。停留所新設 八幡西通。
 7月17日、 港まつり花電車10輌運転。
 8月21日、乗車券車内販売、普通券のみ再開。
 7〜8月、1500型ボギー車10輌が日本車輌で完成。
 10月24日、社団法人名古屋市電相互協力会設立。
 8〜10月、1500型ボギー車10輌が新潟鉄工所で完成。
 11月2日、交通局従業員の配置転換第1次実施。電車助士車掌を自動車(バス)へ、自動車男子車掌を電車へ。
 昭和24年度に、1400型の戦災車5輌(1405.1416.1420.1423.1432)及び事故車1輌(1410)復旧。→昭和21年の「戦災ボギー車」の記述と矛盾
1950(昭和25)年  3月、1500型ボギー車10輌(帝国車輌で3輌、愛知富士産業で2輌、日本車輌で5輌)が完成。
 4月1日、通行税廃止、乗車料金は据え置き。電車3ヶ月特殊定期券発行。
 4月、1500型ボギー車5輌が日本車輌で完成。(資料によっては、昭和23年度10輌製造、昭和24年度35輌製造と記述)
 6月26日、電車側面板に英文行き先表示。日野トレーラー型無軌条電車、日野無軌条電車(賃借形式)各1輌運転開始。
 7月29日、納涼電車20輌運転。(東山公園納涼大会)8月13日まで。
 9月21日、第5回国民体育大会水上競技大会記念乗車券発行。
 10月14日、循環東線大久手〜桜山町間2.5km開通。無軌条電車運転区間を今池〜東大曽根間に変更。
 10月20日、第5回国民体育大会記念乗車券発行。
 12月、1600型ボギー車15輌が日本車輌で、1700型ボギー車4輌(愛知富士産業で3輌、三山工業所で1輌)が完成。
1951(昭和26)年  1月16日、無軌条電車今池〜東大曽根間3.03km廃止。
 3月1日、身体障害者割引実施。(回数券・定期券各5割引) 電車標準運転時分改正(混雑時・閑散時の2本立て)
 3〜4月、1600型ボギー車35輌(日本車輌・新潟鉄工所で各10輌、日立製作所で15輌)が完成。
 6月17日、電車運転に免許制度実施。
 6月、1600型ボギー車10輌が日立製作所で完成。
 7月、1700型ボギー車1輌が名古屋車輌工業所で完成。
 7〜9月、1600型ボギー車16輌が愛知富士産業で完成。
 11月7日、大津橋分岐点電気転轍機使用開始。
 12月25日、乗車料金改定、10円均一。 
1952(昭和27)年  2月1日、東山公園〜中村公園間で、ビューゲル集電装置による運転開始。
 3月13(19?)日、単車26輌廃車。
 4〜8月、トロリー式集電装置をビューゲル集電装置に改造、367輌。
 5月3日、東臨港線大江〜六号地間1.44km単線自動閉塞信号機による運転再開。
 6月23日、ダイナ台風の浸水により、電車一時不通。
 8月1日、市営30周年記念乗車券発行。香水(氷)電車30輌運転。
 8月31日、ビューゲル式集電装置完成。
 10月20日〜30日、名古屋城・東山動植物園入場券付き電車クーポン発売。
 11月1日、地方公営企業法施行にともなう会計条例整理。
 11月14日、手動式中央扉を自動式に改造、200輌完成。
 11月15日、自動扉の取り扱い開始。中央扉を自動扉として、乗車専用に。
 12月22日、停留所新設 納屋橋東。
1953(昭和28)年  8月14日、循環東線今池〜矢田町4丁目間3.0km開通。
 8月19日、交通標語入選作品発表
  1.譲り合え 待つ身 立つ身 走らす身
  2.ゆずるひとひざ 笑顔が二つ
  3.まごころを 顔に 言葉に 運転に
 9月25日、台風13号東海地方に来襲。電車運転中断箇所19箇所発生。大江〜六号地間道床破損のため運転休止、バス代行。
 8〜9月、1800型A車無音電車14輌(日本車輌で13輌、愛知富士産業で1輌)が完成。
* 愛知富士産業は、この年8月に「輸送機工業」と改称、現在に至る。
 10(11?)月、1800型(後の1900型1901号)無音電車1輌が愛知富士産業で完成。
 12月27日、栄町北行き停留所に高台式安全地帯設置。
 12月、1550型ボギー車10輌(日立製作所で5輌、日本車輌で3輌、輸送機工業で2輌)が完成。   
  
1954(昭和29)年  2月23日、下之一色線、築地線の単線区間通標式(タブレット閉塞)を運転標識灯に改正。
 2月28日、ワンマン電車運転開始。築地口〜下之一色〜尾頭橋間。(70系統)
 4月20日、交通信号機に連動する全自動転轍機 明道町、平田町で使用開始。
 7月1日、沢上跨線橋完成、電車運転開始。(単線) 停留所新設 岩井町1丁目。
 10月、1800型B車(1820型)無音電車10輌(日本車輌・輸送機工業で各5輌)が完成。12〜18日、名古屋まつり花電車6輌運転。  
 12月15日、パトロールカー用超短波無線局設置、使用開始。
 12月、1900型無音電車10輌及び1550型ボギー車2輌が、ともに日本車輌で完成。 
1955(昭和30)年  1月1日、全線始発を午前4時30分に繰り上げ。
 4月1日、大津線栄町交差点直線化工事完了。
 8月10日、中村線中村公園〜鳥居西通間0.55km開通。
 9月1日、停留所新設 労災病院前。
 9月30日、定期券利用者の乗車キロ調査。1人平均6.44km。
 10月1日、浄心延長線浄心町〜秩父通間0.5km開通。
 10月15日、名古屋まつり記念乗車券発行。13〜17日花電車6輌運転。
 12月1日、乗車料金改定、片道13円、往復25円。回数券車内発売実施。(ワンマン車は除く)
 12月、1900型無音電車10輌(日本車輌で8輌、輸送機工業で2輌)が完成。
1956(昭和31)年  1月1日、停留所新設 本城中学前。
 7月15日、中村線鳥居西通〜稲葉地町0.5km間開通。稲葉地操車場新設。
 9月15日、築地支線稲永町〜西稲永間0.7km運転再開。
 9月17日、800型軽量ボギー車1輌が日本車輌で完成。
 10月11日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 11月17日、下之一色線で、地下鉄車輌の走行試験実施。25日、単車26輌を廃車、営業用車輌から単車が姿を消す。
 12月、800型軽量電車1輌、1900型無音電車1輌、2000型無音電車17輌がともに日本車輌で完成、2000型無音電車4輌が輸送機工業で完成。(資料によっては、1900型と2000型の完成は昭和32年2月としたものもあり)
1957(昭和32)年  7月、名古屋港開港50周年記念花電車4輌運転。
 8月1日、大江線六号地〜開橋間0.35km開通。停留所新設 東橋 停留所名変更 (旧)東橋→竜宮町
 8月17日、2000型無音電車3輌、日本車輌で完成。
 10月11日、名古屋まつり花電車6輌運転。記念乗車券発行。
 11月15日、名古屋〜栄町間2.4kmに地下鉄(1号線)開通。記念乗車券発行。
 12月、停留所新設 彩紅橋。 
1958(昭和33)年  4月1日、停留所名変更。北前新田→港明町、南前新田→港楽町。
 4月10日、清水口延長線黒川〜黒川本通4丁目間0.5km開通。
 5月26日、2000型無音電車3輌が日本車輌で、同型2輌が輸送機工業で完成。
 6月20日、800型軽量電車5輌が日本車輌で完成。
 10月10日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 12月10日、池下運輸事務所廃止、稲葉地運輸事務所新設。
 12月23日、800型軽量電車5輌が日本車輌で完成。名古屋市電最後の新製車。
1959(昭和34)年  3月25日、東山公園線東山公園〜星ヶ丘間1.2km開通。
 4月10日、皇太子殿下御成婚奉祝花電車6輌運転。
 6月10日、星ヶ丘操車場新設。
 9月26日、台風15号(伊勢湾台風)により、東海地方を中心に甚大な被害が発生。この台風のため、9月26日19時30分に市電全線で運転中止命令。市電関係の被害は、冠水85輌、破損203輌、道床の流失4.9km、損害は約4億円。名古屋市だけで死者1,851名、被災地全体の死者は4,764名。市電は9月27日12時15分の栄町〜星ヶ丘間を皮切りに順次復旧、9月30日までに車輌の7割、路線延長の9割が復旧するが、全線復旧は昭和36年4月1日までかかる。
1960(昭和35)年  2月1日、清水口延長線黒川本通4丁目〜城北学校前間0.67km開通。
 4月1日、上飯田電車運輸事務所新設。81系統(名古屋駅前〜上飯田)新設、系統番号変更14系統→80系統(上飯田〜八熊通)、32系統→82系統(上飯田〜堀田駅前)
 6月15日、地下鉄1号線栄町〜池下間3.6km開通。
 7月1日、停留場名変更、六号地→大江町、大江町→港東通。
 10月13日、名古屋まつり花電車6輌運転。
1961(昭和36)年  4月1日、築地線築地口〜弁天裏間、築地支線稲永町〜西稲永間運転再開。伊勢湾台風による不通区間が完全に復旧する。
 5月15日、東山公園線覚王山〜星ヶ丘間、地下鉄工事のため運転休止。池下〜星ヶ丘間に代行バス運行。
 9月1日、停留場名称変更、千種橋東→千種駅前。
 10月11日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 12月1日、大江線開橋〜昭和町間0.45km開通。名古屋市電最後の路線延長。
1962(昭和37)年  4月1日、乗車料金改定、15円均一。20時以降ダイヤ運転、全線停留場に通過時刻を表記。
 5月1日、愛知県公安委員会、葵町線軌道敷内の乗用車通行を許可。
 8月1日、連接車の集電装置をビューゲルからZパンタに交換し、高辻車庫へ配置換え。
 
*実際には昭和37年8月以降も高辻・浄心・沢上の各車庫に連接車の配置あり。
 8月17日、大江跨線橋付近軌道工事完成。複線使用開始。
 10月10日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 10月14日、市営定期観光バス廃止。
 12月11日、築地線名四国道(国道23号線)立体交差跨線橋完成。新線運転開始。
1963(昭和38)年  4月1日、東山公園線覚王山〜東山公園間2.15km営業廃止。代行バス廃止。1系統(名古屋駅前〜覚王山〔星ヶ丘〕)廃止。地下鉄1号線池下〜東山公園間2.5km開通。
 4月24日、900型6輌及び1200型4輌を豊橋鉄道へ譲渡。豊鉄ではそれぞれ800形及び700形となる。
 9月3日、東港中学校スクール電車(連接車1輌)運転開始。
 10月10日〜15日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 11月12日、松葉、下之一色など8カ所に踏切警報装置設置。
1964(昭和39)年  2月8日、東山公園モノレール(サフェージュ式懸垂形)営業開始。
 2月17日、20系統、50系統の側面板に英文行先案内記入。
 2月19日、名古屋駅前停留場標示柱に英文行先案内記入。
 9月1日、江川線柳橋〜明道町間、乗用車の軌道敷内通行許可。
 10月1日、東海道新幹線開通。
 10月10日、第18回オリンピック東京大会開催。
 10月13日〜18日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 11月6日、1150型2輌を豊橋鉄道へ譲渡。豊鉄900形となる。 
1965(昭和40)年  3月1日、覚王山線今池〜覚王山間1.2km営業廃止。
 3月11日、市議会建築交通部会において、ワンマンカー計画、路面電車撤去をふくむ「名古屋市交通事業の5カ年計画」発表。
 10月1日、大曽根線大曽根〜東大曽根間0.61km営業廃止。12系統(名古屋駅前〜東大曽根)・13系統(浄心町〜上飯田)廃止。
 10月12日〜17日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 10月15日、地下鉄2号線栄町〜市役所前間1.3km開通。
 12月1日、停留場名称変更。瑞穂通三丁目→瑞穂区役所前。
 12月16日、積雪のため、第1次除雪計画。17輌徹夜運転実施。
1966(昭和41)年  2月20日、50系統(名古屋駅前〜名古屋港)ワンマンカー運転開始。
 2月26日、51系統(桜山町〜西稲永)・52系統(大津橋〜西稲永)ワンマンカー運転開始。
 6月1日、停留場名称変更。栄町→栄、東桜町→桜通大津、南大津通→白川通大津、伏見通→広小路伏見、納屋橋東→納屋橋。同時に地下鉄も駅名称変更。栄町→栄、伏見町→伏見。
 6月15日、乗用車軌道敷内通行可。愛知県公安委員会告示により、7路線指定。
 9月1日、乗車料金改定。20円均一。
 9月28日、市役所西庁舎完成。交通局は新庁舎へ移転。
 10月11日〜16日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 11月6日、停留場名称変更。市立大学病院前→瑞穂通一丁目。
 11月15日、停留所名称変更。桜山町→市立大学病院。 
1967(昭和42)年  1月22日、10系統(秩父通〜熱田駅前)・20系統(大津橋〜名古屋港)・31系統(栄〜笠寺西門)、ワンマンカー運転開始。
 2月1日、栄町線・覚王山線栄〜今池間2.84km、清水口延長線黒川〜城北学校前間1.05km、高岳線清水口〜赤塚町間1.02km営業廃止。18系統(名古屋駅前〜城北学校前)・62系統(大門通〜瑞穂区役所)・82系統(上飯田〜堀田駅前)廃止。60系統(名古屋駅前〜八事)は、矢田町四丁目〜八事に経路変更。22系統(上飯田〜熱田神宮前)は、平田町経由に経路変更。
 3月25日、自治大臣が名古屋市の「軌道事業および自動車運送事業財政再建計画」を承認。
 3月30日、地下鉄1号線東山公園〜星ヶ丘間(1.1km)及び地下鉄2号線栄〜金山間3.0km開通。
 3月31日、名古屋駅前待避線(0.268km)廃止。
 4月1日、休止中だった東山公園線東山公園〜星ヶ丘間1.2km営業廃止。
 10月10日〜15日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 11月18日、35系統(名古屋駅前〜新瑞橋)ワンマンカー運転開始。
 12月6日、30系統(名古屋駅前〜堀田駅前)ワンマンカー運転開始。
 12月27日、21系統(大津橋〜昭和町)ワンマンカー運転開始。
1968(昭和43)年  1月11日、33系統(東新町〜港東通)ワンマンカー運転開始。
 1月31日、大津橋でさよなら式を実施。
 2月1日、大津町線・熱田線大津橋〜金山橋間3.95km営業廃止。22系統(上飯田〜熱田神宮前)廃止。
 4月1日、乗車料金改定。25円均一。
 10月10日〜15日、名古屋まつり花電車6輌運転。
 1969(昭和44)年  2月14日、2系統(稲葉地町〜栄)ワンマンカー運転開始。(記録写真を見ると、その後も2系統でツーメン車が使用されているので、完全ワンマン化ではないようです)
 2月19日、尾頭橋、築地口、名古屋港でさよなら式を実施。
 2月20日、野立築地口線日比野〜名古屋港間4.7km、下之一色線尾頭橋〜下野一色間及び築地線下之一色〜稲永町間11.3km営業廃止。50系統(名古屋駅前〜名古屋港)・52系統(金山橋〜西稲永)・70系統(尾頭橋〜築地口)廃止。20系統(金山橋〜名古屋港)は、金山橋〜熱田駅前〜西稲永に経路変更、51系統(市立大学病院〜西稲永)は、市立大学病院〜熱田駅前に経路変更。港運輸事務所廃止。60系統(矢田町4丁目〜八事)、61系統(今池〜昭和町)、63系統(矢田町4丁目〜新瑞橋)ワンマンカー運転開始。
 3月14日、81系統(名古屋駅前〜上飯田)ワンマンカー運転開始。
 4月1日、地下鉄1号線名古屋〜中村公園間(3.5km)及び星ヶ丘〜藤ヶ丘間(4.4km)開通。市電の中村公園前電停を、中村公園に改称。
 5月1日、地下鉄1号線(中村公園〜藤ヶ丘)の愛称を東山線、2号線(市役所〜金山)の愛称を名城線とする。
 6月13日、愛知県水産課、廃車となった電車20輌(800型、1300型、1500型)を漁礁として渥美半島赤羽根沖へ沈める。
 10月1日、市政80周年記念乗車券発行。
 10月10日〜15日、名古屋まつり花電車6輌運転。
この年、名古屋市の人口200万人を突破。
 1970(昭和45)年   3月31日、鶴舞公園にてさよなら式を実施。
 4月1日、葵町線・公園線平田町〜鶴舞公園間2.81km営業廃止。3系統(名古屋駅前〜鶴舞公園〜名古屋駅前)、80系統(上飯田〜八熊通)廃止。高辻運輸事務所の3000型、浄心運輸事務所の2700型が全車廃車となり、名古屋市電から連接車が引退する。
 7月15日、地下鉄藤ヶ丘工場内に市電展示場オープン。貨2、1316(1313を改番)、1475、2029、2701(2702を改番)の5輌が保存展示される。この展示場は昭和54年に閉鎖され、1316、2029、2701の3輌は解体。貨2と1475は、東山動植物園に移転して平成7年まで展示の後解体。また、この年に3003が名古屋市科学館に保存展示される。3003は昭和61年に名古屋市交通局に返還、現在はレトロ電車館に保存されている。
 10月10日〜15日、名古屋まつり花電車4輌運転。

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