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| 所在地 | 徳島県海部郡美波町日和佐浦445-1 |
| 交通機関 | JR牟岐線 日和佐駅下車 徒歩20分 | 別 名 | 渭津城 |
| 略 歴 |
日和佐城は、元亀・天正(1500)年代に初頭、土佐の長宗我部勢の阿波侵入を防ぐために、日和佐肥前守が築城したといわれている。 天正5(1577)年、長宗我部元親の弟の香宗我部親泰は、阿波に侵攻して海部城から阿波攻略を画策していた。日和佐氏は、同年11月17日、この誘いに応じて長宗我部方に転じた。 天正13(1585)年、豊臣秀吉の四国攻略によって、阿波国主としてが蜂須賀氏が入国すると、慶長元(1596)年、城主となっていた日和佐権正は、元親に請われて土佐赤岡に移住した。 日和佐城から、日和佐氏が退去した事によって、日和佐城は廃城となった。 なお、名を浜五郎兵衛と改めた権正は、後に日和佐に戻っている。 |
| 現 況 |
城址は、東を海・北を日和佐川・西を入江と、3方を水に囲まれた要害の地に建てられていた。 本丸跡には、模擬天守が建てられており、館内には日和佐の歴史が展示されている。 城址には石垣が残されていると記されているが、模擬天守を建てる際に破壊されたそうである。 |
![]() 日和佐城遠望 |
![]() 日和佐城と舟溜 |
![]() ニ郭から主郭 を望む |
![]() ニ郭から主郭 を望む |
![]() 模擬天守と 日和佐城標板 |
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![]() 城山神社 |
![]() 模擬天守より 舟溜りを望む |
![]() 模擬天守付櫓 |
![]() 模擬天守 |
![]() 主郭小口 |
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![]() 主郭小口 |
![]() 模擬天守下の 模擬石垣 |
![]() 模擬天守下の 模擬石垣 |
![]() 腰郭 |
![]() 腰郭 |
![]() 帯郭 |
![]() 帯郭 |
![]() 腰郭小口 |
![]() 腰郭 |
![]() 中腹の平場 |
![]() 中腹の平場 小口 |
![]() 中腹の平場 小口 |
![]() 日和佐川厄除橋 より日和佐城を 望む |
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