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| 所在地 | 福岡県北九州市小倉北区城内2−1 |
| 交通機関 | JR西小倉駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | 勝山城・指月城 |
| 略 歴 |
築城された時期は不明だが、文永年間には緒方惟重が居城していたと言われている。 戦国期には、九州の玄関口として、大友氏・小弐氏など九州の勢力と、大内氏・毛利氏の中国の勢力の接点として争奪戦が繰り返された。 天正15(1587)年、豊臣秀吉の九州征伐により、毛利勝信が8万石で入封した。 慶長5(1600)年、細川忠興が中津城へ入封すると、翌年から小倉城の築城を開始した。城の完成までは7年の歳月がかかっている。 寛永9(1633)年、熊本の加藤氏の改易に伴い、細川氏は肥後熊本城に転封となり、播磨明石城主小笠原忠真が入封した。 小笠原氏は九州関門を抑え、西国の外様大名の監視役務めた。 慶応2(1866)年、第二次長州征伐で幕軍についた小笠原氏は、敗れたため小倉城を自から焼き、藩庁を田川郡香春へ移した。 |
| 現 況 |
城址は小倉城址公園として、本丸・松之丸・北之丸などの曲輪跡・石垣・水濠がよく残っている。 天守も再建されているが、これは本来建てられていた天守と大きく異なっている。本来建てられていた天守には破風がなかったが、現在の天守には飾りの破風が数多く取り付けられている。 本丸の一角には料亭として月見櫓が再建されている。また、北之丸の八坂神社も城郭建築風で趣が深い。 |
![]() 本丸 |
![]() 天守付櫓 |
![]() 本丸天守 |
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