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| 所在地 | 山形県米沢市丸の内 |
| 交通機関 | JR山形新幹線 米沢駅下車 徒歩20分 | 別 名 | 舞鶴城・松ヶ岬城 |
| 略 歴 |
暦仁元(1238)年、大江広元の次男時広が長井荘の地頭として館を構えたのがのはじまりである。 大江氏は長井を姓とし8代150年この地を治めたが、天授6(1380)伊達宗遠に攻撃を受けて滅び、以降伊達氏が米沢を治めるようになる。 天文17(1548)年に至って本拠を米沢に定めると、ここで嫡男政宗が生まれている。 天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原征伐に遅参した政宗は会津若松と共に本拠米沢を取り上げられ、代わって会津に入った蒲生氏郷の武将蒲生郷安が入城した。 慶長3(1598)年、上杉景勝が120万石で会津に入ると、家臣直江兼続が30万石を領して米沢城主として入城した。 慶長5(1600)年、関ヶ原合戦に対応して兼続を総大将に最上氏の山形城攻略に向かったが、関ヶ原で敗退したため撤兵した。その結果上杉氏は120万石から米沢に30万石に減封され、以降米沢が上杉氏の本城となった。 上杉氏は寛文4(1664)年、更に15万石に削減され極度の財政困難に陥ったが、上杉鷹山の登場により藩財政を立て直した。 幕末になると、上杉氏も奥羽列藩同盟に参加し薩長と戦うが、程なく降伏した。 |
| 現 況 |
城址は本丸が松岬公園となり、上杉謙信を祀る上杉神社が建っている。 本丸の周囲には土塁・水濠が残されており、二之丸跡には上杉伯爵邸が上杉記念館として建っている。 |
![]() 本丸南東土塁 と水濠 |
![]() 本丸南東水濠 と土塁(御堂跡) |
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