帝國博物学協会
肥前國
鹿島城
 所在地 佐賀県鹿島市高津原字城内
 交通機関 JR肥前鹿島駅下車 徒歩20分
 別  名 鹿島館・高津原屋敷・鹿島新城・鹿島陣屋
 略  歴 鹿島藩は常広城を居城としていたが、水害が頻発したため、9代藩主鍋島直彝は居城を移す事に決め、幕府と佐賀本藩に許可を得た。
文化4(1807)年、高津原の丘陵に鹿島城が完成して、居城を移した。
その後、代々鹿島城に居城したが、明治7(1874)年の佐賀の乱によって、主要な建物は灰燼に帰し、赤門・番所・大手門がのみが残された。
 現  況 鹿島城の本丸は鹿島高校の校内となっており、赤門は校門となっている。
本丸東側には良好に石垣が残されており、南側の大土塁もよく残っている。
大手門は現地にそのまま残っており、車が門内を通行できる。
大手門から本丸に至る道は、所々に鈎型に曲がっており、両側に武家屋敷の遺構が残されている。
大手門・武家屋敷

大手門

大手門

大手門石碑

大手門前水濠

大手門前水濠
と石垣

大手門西土塁

大手門西土塁

大手門内側の
道路

大手門西側水濠

西側水濠

武家屋敷群

土塁

虎口状のクランク

武家屋敷群
搦手門跡・武家屋敷

搦手門跡付近

搦手門跡付近

鹿島城東南側

家老原忠順屋敷
武家屋敷棟門

城址南側の
武家屋敷群
東帯曲輪

東側の溜池

東側の土塁

東側の土塁

東帯曲輪
東面石垣

東門櫓台石垣

東門跡

東門跡

東門跡

東帯曲輪
北面石垣

東帯曲輪跡

東帯曲輪跡
二之丸

二之丸

二之丸東北角

鹿島城址碑

本丸
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