帝國博物学協会
肥前國
蔵戸城
 所在地 佐賀県神埼市神埼町本堀字蔵戸
 交通機関 JR長崎本線 佐賀駅下車 西鉄バス 詫田下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 蔵戸の地には平安~鎌倉期には神埼荘の穀蔵が置かれており、河川交通の要衝として湊があったと推定されている。
鎌倉期には、宇多源氏佐々木氏が蔵戸城を築いてこの地に勢力を構えた。
室町期にになると、渋川満頼が九州探題として下向し、蔵戸城に入って少弐氏を圧迫したと言われている。
蔵戸城の廃城時期は不明だが、天文2(1533)年、渋川尹繁と義長が大内氏に居城の綾部城、朝日山城を攻められて滅亡した頃であろう。
 現  況 蔵戸城は、蔵戸の西教寺付近を主郭とし、周囲に曲輪を配した佐賀平野特有のクリークを使用した城郭である。
主郭の堀が若宮神社と西教寺の間に残っており、寺前の道路が往時は堀であった事が想定される。
若宮神社の鳥居前には、蔵戸・荒堅目遺跡の案内板が立っているが、そこには蔵戸城に関しての記述はない。

西教寺本堂

西教寺前の道路

主郭西側の水濠

主郭北西角の
水濠

主郭北側の水濠

西南側水濠

西側水濠

東側の水濠

若宮神社と案内板

若宮神社
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