帝國博物学協会
紀伊國
秋月城
 所在地 和歌山県和歌山市秋月
 交通機関 JR紀勢本線・阪和線 和歌山駅下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 延徳元(1489)年、日前宮(日前・国懸神社)の神主・紀伊第64代国造俊連が神社の神領を守護するために築城したと伝わる。
俊連は後に太田城も築城している。
城主は紀氏の家臣、飯垣周防守といわれているが、詳細は不明である。
その後、勢力を伸ばしてきた雑賀衆と争っており、天正5(1577)年の信長の雑賀攻めでは、太田城の配下として信長に与している。
天正13(1585)年、羽柴秀吉の紀州攻めの際には、太田城への兵力集中のため秋月城は放棄され、以後廃城となった。
 現  況 秋月城本丸は県道145号線の敷設によって、ほぼ壊滅的に失われてしまった。かろうじて本丸北側の土壇が判別できるのみである。
その他の曲輪について、どのような縄張りであったかがわからないため、判然とはしないが、本丸東北側の畑が遺構らしく土盛りされているのが何となく感じられる。

本丸北西角と
堀跡

本丸北側と堀跡

本丸北東角と
堀跡

右側が曲輪跡
左側が堀跡

中央部に櫓台の
ような小山
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