帝國博物学協会
紀伊國
中津城
 所在地 和歌山県和歌山市中野
 交通機関 JR紀勢本線 紀和駅下車 徒歩0分
 別  名 -
 略  歴 天正5(1577)年、織田信長の紀州雑賀攻めの際には、雑賀衆が本城とした弥勒寺山城の出城として信長軍と激闘を繰り広げた。
城主は雑賀権太夫であったといわれている。
信長は太田衆などの先導によって、雑賀衆を鎮圧した。
天正13(1585)年、秀吉の紀州攻めの際には、10万とも言われる大軍が、根来寺に攻め寄せ、前衛となった中津城は落城したと言われている。
その後、中津城には雑賀孫一(鈴木重秀)が隠居城として入城し、天正17(1589)年にこの城で死んだといわれている。
なお、二代目の孫一は、後に家康から鉄砲術を買われて徳川御三家、水戸徳川家初代頼房に仕えることとなった。
 現  況 城址はJR紀和駅構内から西覚寺付近までといわれているが、まったく痕跡すら留めていない。

紀和駅
(高架工事中)

西覚寺門前

西覚寺山門

西覚寺本堂
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