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| 所在地 | 群馬県邑楽郡千代田町赤岩字桜山1036 |
| 交通機関 | 東武伊勢崎線 館林駅下車 つつじ観光バス JA永楽支所前下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
赤岩城は、佐貫次郎太郎嗣綱によって築かれた。 嗣綱の父太郎資綱は、大佐貫館を居城としていたが、嗣綱はこれを廃して赤岩に新たに築城して移ったという。 嗣綱の子広綱の時、青柳城を築いて移っていった。 |
| 現 況 |
城は当初光恩寺境内を中心とした方形館であったが、後に東側の堂山古墳を取り込んで複郭となったとされる。 光恩寺の周囲には空掘が残されており、特に東側の堀は十分な深さを保っている。 また境内南西側と北西側には、土塁遺構も残されている。 光恩寺境内には、文永8(1271)年に製作された、最古に属する画像板碑、「地蔵菩薩画像板碑」が立てられている。 堂山古墳の上には、佐貫氏の子孫である赤井照光の墓があり、また光恩寺の鐘楼が置かれている。 光恩寺境内東側には、日本で最初の女医である荻野吟子の生家(武蔵国幡羅郡俵瀬村の名主)の長屋門が移築されている。 |
![]() 城址西南側 |
![]() 城址南側 |
![]() 光恩寺山門と 参道 |
![]() 南側空掘 |
![]() 光恩寺本堂 |
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![]() 地蔵菩薩画像板碑 |
![]() 南側土塁 |
![]() 南側土塁 |
![]() 南側土塁 |
![]() 西北側空堀 |
![]() 西北角土塁 |
![]() 北西角土塁 |
![]() 北西角土塁 |
![]() 北側空掘と土塁 |
![]() 本堂北側 |
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![]() 北側土塁 |
![]() 北側土塁 |
![]() 東北側空掘 |
![]() 東側空掘 |
![]() 堂山古墳 |
![]() 阿弥陀堂 |
![]() 鐘楼と梵鐘 |
![]() 赤井照光の墓 |
![]() 城址北側 |
![]() 荻野吟子生家 長屋門 |
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