帝國博物学協会
上野國
江田館
 所在地 群馬県太田市新田上江田町925
 交通機関 東武伊勢崎線 太田駅下車 シティライナーおおたバス 金井十字路下車 徒歩15分(土日祝祭日運休)
 別  名 江田城
 略  歴 江田館は承元年間に江田頼有によって築かれた。
江田氏は新田氏の一族で義季の四世の孫、三郎行義が新田義貞の鎌倉幕府倒幕軍に参加し、極楽寺坂口の大将として軍功を立てた。
南北朝の戦いで新田義貞が敗れると、江田氏は新田氏の勢力の一翼をなしたとして故地に戻る事ができなくなった。
そのため行義は備後に赴いて姓を守下に改め土着した。
この10代後の大膳が文禄年間にこの地に移ったといわれている。
戦国期には、反町館とともに金山城の出城として改修された。
城主には金山城主由良氏の四天王の一人、矢内四郎左衛門の居城となった。
天正年間には、小田原北条氏が金山城の攻城に先立って江田城を攻略し、金山城の拠点とした。
由良氏が金山城を北條氏に明渡して桐生城に退くと、江田城は北條氏の支城となった。
天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原征伐で北條氏が滅亡すると、江田城は廃城となった。
 現  況 館址は国指定史跡となっており、主郭の遺構が良く残されている。
現在残されている遺構は、戦国期に改修されたもので、方形館を基盤としているが、東西に折を造っており、防御力を高めている。
主郭を囲むように二郭があったようで、西側の段丘面に土塁が設けられているのがよくわかる。
二郭

二郭南側

二郭南西側

二郭西南土塁

二郭西南土塁

二郭西南土塁

二郭西側

二郭西側

二郭西側
主郭

江田館跡標柱

江田館跡案内板

江田館跡標柱
と南東側

主郭南側堀と
土塁

主郭南東側堀
と土塁

主郭南東角土塁

主郭東南側土塁
と堀

主郭東南側土塁
と堀

主郭東側折れ
土塁と堀

主郭東南側土塁
と堀

主郭東北側土塁
と堀

二重土塁

二重土塁

主郭北側堀と
土塁

主郭北側堀と
土塁

主郭北側堀と
土塁

主郭西側土塁
と堀

主郭西側土塁
と堀

主郭西南側土塁
と堀

主郭南西角土塁
と堀

主郭南土塁

主郭東土塁

主郭東土塁

主郭北土塁

主郭西土塁

主郭西南土塁
と堀

主郭西北土塁
と堀

主郭西北土塁

主郭北土塁
と堀

主郭東北角土塁

主郭北土塁

主郭東北土塁
と堀

二重土塁

主郭東土塁
と堀

主郭東北土塁
と堀

主郭北側

主郭東南土塁
と堀

主郭東南角土塁

主郭南虎口
Top