帝國博物学協会
上野國
宝泉城
 所在地 群馬県太田市由良
 交通機関 東武伊勢崎線 太田駅下車 シティライナーおおたバス 別所下車 徒歩10分(土日祝祭日運休)
 別  名 由良の砦
 略  歴 宝泉城は応永年(1394-1428)間に岩松満国(法名宝泉)が築城して隠棲、子の満純も居館していたとされている。
また、新田義重の曾孫政義(由良入道阿義禅門)が蟄居した城であったとも言われている。
明応4(1495)年、金山城を占拠する前に、横瀬氏が居城していたとも言われている。
天正12(1584)年、由良国繁を小田原城に拘束して、金山城の開城を要求した。
これに対して由良氏は鳥山出雲入道、鳥山主膳正、金谷因幡守、金井田伝七郎を宝泉城に入れて守らせた。
北条氏はこの城を攻め立てたが、両軍多数の使者が出たといわれている。
 現  況 城址とされる場所には、明治の頃まで土塁が残っていたというが、現在は住宅や畑となって遺構は残っていない。
城址西側の住宅北側には土塁や空掘が残されており、その東側にも空掘が残っていることから、これらは宝泉城と何らかの関係があるのかも知れない。
宝泉城址

宝泉城址付近

宝泉城址付近
西側の土塁・空掘

土塁遠望

北側土塁と空掘

北側土塁と空掘

北側土塁と空掘

北側土塁

北側土塁と空掘

東側の空掘跡

北西側土塁と
空堀

北西角土塁と
空堀

西側空掘跡
Top