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| 所在地 | 群馬県邑楽郡邑楽町中野字蛭沼 |
| 交通機関 | 東武小泉線 篠塚駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | 蛭沼館・蛭沼屋敷・蛭沼城 |
| 略 歴 |
平安時代の末頃、平国繁が片岡郷を治めて片岡氏を称したのが、片岡氏の創始である。 片岡氏2代経繁は、平清盛に仕えた。 その後、坂東の地では、源頼朝率いる源氏が勢力を盛り返したため、経繁は平家方として参陣したが、文治元(1185)年、壇ノ浦で平家が滅亡すると、土佐に逃れた。 経繁は、四国土佐に逃れて高吾北地方に勢力を築き、黒岩城主となって妻子を呼び寄せたため、三男経氏と二人の女子が土佐に渡った。 一方、長男経俊と二男経政は亡き母の供養のため片岡村に残ったと伝えられるが、その後の片岡氏の消息はよくわからない。 文永2(1272)年、新田氏の一族、大島景継が中野城に入った際に、片岡の住民は強制的に元宿へ移住させられたと言われている。 |
| 現 況 |
片岡城は、篠塚駅の北側ほど近いゲートボール場横に土塁が残されており、そこに説明版も置かれている。 現在城全体の範囲は、よく判っていない。 |
![]() 土塁(東側) |
![]() 土塁断面と案内板 |
![]() 土塁断面 |
![]() 土塁西側 |
![]() 土塁遠望(西側) |
![]() 案内板 |
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