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| 所在地 | 群馬県高崎市木部町 |
| 交通機関 | 上信電鉄山名駅下車 徒歩20分 | 別 名 | - |
| 略 歴 |
木部氏累代の城址であった。戦国末期になると、城主木部範虎は、箕輪城主長野業政の娘をその室とし、箕輪城防衛の第一線となって木部城を守った。 その後、その嫡子木部貞朝が城主となると、永禄4(1561)年、武田信玄の侵攻により城は落城した。 |
| 現 況 |
城址は木部町にあったというが、遺構は残されていないといわれる。 城址は木部町堀の内の地と推定され、郭跡と推定される地は、堀跡と推定される周囲の地より微高地となっている。 |
![]() 堀の内を示す 標柱 |
![]() 馬出(?) |
![]() 民家の土塁 |
![]() 民家の土塁 |
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