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| 所在地 | 群馬県邑楽郡邑楽町鶉 |
| 交通機関 | 東武伊勢崎線 多々良駅下車 徒歩10分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
鎌倉末期の人物、茂木貞良の館と日本城郭体系に記されている。 また、括弧付ではあるが、垣上正信とも記されている。 垣上正信は垣上駿河守正信のことで、鎌倉幕府滅亡の折、北条得宗家14代執権高時の弟で、この地に逃れてきた慧性(北条泰家)の重臣であった。 その後、慧性が奥州へ走ると、その弟荒間五郎朝春が鶉古城を築城して居城し、垣上正信も茂木監物貞良と名を変えて、鶉城を築城して居館したといわれている。 |
| 現 況 |
城址は鶉の民家の敷地であり、西側に土塁と空掘が辛うじて残されている。 |
![]() 西側の土塁 と堀 |
![]() 西側の土塁 と堀 |
![]() 西側の土塁 と堀 |
![]() 西側の土塁 と堀 |
![]() 西側の土塁 と屋敷神 |
![]() 西側の土塁 |
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