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| 所在地 | 岐阜県兼山町古城山 |
| 交通機関 | 名鉄明智駅下車 YAOバス下城戸下車 徒歩20分 |
| 別 名 | 烏峰城 |
| 略 歴 |
天文初年(1531〜)、土岐氏に代わって美濃を支配した斎藤道三は、東濃攻略の拠点として、現在の金山城址に「掻上げの城」を築き、猶子斎藤正義を入城させた。これが金山城のはじまりである。 天文6年(1537)近隣を制圧した正義は、城の規模の拡大を策し烏峰城と名づけた。しかし同17年、久々利館にて土岐三河守に謀殺され、以後土岐一族の土岐十郎左衛門が城将となった。 永禄8年、織田信長の東濃攻略により、烏峰城は森可成に与えられた。可成は、金山城と改称しさらに石塁造りの城としての改修を行った。これ以後およそ35年に渡って森氏の支配下となった。 慶長5年(1600)、森氏は国替えで信州海津城へ転封となり、金山城は犬山城主石川光吉の持城となった。光吉は金山城を破却・解体して建物から石垣石に至るまで犬山に運び、犬山城の資材としたと伝えられる。 犬山城天守の二層目までは金山城天守の移築と言われていたが、現在では否定されている。 |
| 現 況 |
城址は兼山町役場の裏手にそびえる古城山に広がっている。 各郭もよく確認でき、出丸・本丸付近の石塁・大手門の枡形などが確認できる。近年整備が整い、出丸までは車での乗入れが可能である。 |
![]() 大手口案内板 |
![]() 大手道 |
![]() 出丸石垣 |
![]() 出丸石垣 |
![]() 出丸跡 |
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![]() 三之丸門跡 |
![]() 三之丸門跡 |
![]() 水の手口跡 |
![]() 三之丸跡 |
![]() 二之丸門跡 |
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![]() 二之丸跡 |
![]() 二之丸物見櫓跡 |
![]() 大手枡形石垣 |
![]() 大手枡形石垣 と二之門礎石 |
![]() 大手枡形全景 |
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![]() 南腰曲輪跡 |
![]() 本丸石垣隅石 |
![]() 本丸石段跡 |
![]() 本丸隅櫓跡 |
![]() 本丸御殿跡 |
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![]() 金山城址碑 |
![]() 袖櫓・入口跡 |
![]() 本丸石垣残石 |
![]() 天守台穴蔵 |
![]() 東腰曲輪跡 |
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![]() 天守台跡 |
![]() 東腰曲輪 井戸跡 |
![]() 搦手門礎石 |
![]() 搦手門跡 |
![]() 東腰曲輪下の 帯曲輪 |
![]() 金山城搦手口 |
![]() 搦手山麓の石垣 |
![]() 旧可成寺跡石垣 |
![]() 可成寺 |
| 2009/08/09追加 |
![]() 金山城移築城門 |
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