帝國博物学協会
武蔵國
青山城
 所在地 埼玉県比企郡小川町下里字城山
 交通機関 東武東上線 小川町駅下車 川越観光バス 白根下車 徒歩60分
 別  名 割谷城
 略  歴 城の築城年代は不明だが、「青木家家譜」によれば、天慶の乱後、藤原成文の後裔と氏宗が青木氏を名乗り、ここに居住し、鎌倉幕府・関東管領に累代仕えたという。
また、「関東古戦録」には永禄5(1562)年、「小田原より松山城には上田安礫斎、同上野介朝広を置き、青山、腰越の砦と共に守らしむ」とあり、武蔵松山城上田氏の重要支城であった事が伺える。
 現  況 城址は下里の槻川にかかる割谷橋から奥に入り、右手に登る遊歩道から登るのが、大手口に当たる。
途中には、城址を示す案内標識もよく整備されている。
大手口から上ると、まず三郭手前で深い掘切に突き当たる。この堀切を一旦降りて、急階段を登った所が三郭である。
郭への侵入路は、本来は坂小口となっているが、掘り切りに無理やり階段を付けた格好になっているのが不思議である。
三郭の北側にまた深い堀切があり、ここを登ると主郭である。本来ここには橋があった事は、容易に想像できる。
主郭部には、石累や土塁・櫓台などがよく残されている。
主郭の案内板の裏に搦手口があり、腰郭状の小郭がある。
主郭南西部には、馬出状の小郭があり、その先に二郭がある。
二郭の南側には、やはり堀切が存在しており、坂小口を降りると、遊歩道はこの堀切をむりやり降りるように取り付けられている。
この先は、尾根伝いに物見山を経由して小倉城まで繋がっている。
三 郭

三郭

三郭案内板

三郭土塁

三郭土塁

三郭堀切

三郭堀切
二 郭

二郭南東の
横掘

二郭南東の
横掘

二郭坂小口
横矢

二郭坂小口

二郭坂小口
横矢土塁

二郭案内板

二郭・小郭間
の横掘
一 郭

主郭石塁

主郭土塁

主郭西側の土塁

主郭南側の石塁

主郭と小口

主郭と小口

城址案内板と
北側土塁

一郭案内板

一郭小口

一郭・三郭間の
堀切

一郭・三郭間の
堀切
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