帝國博物学協会
武蔵國
深谷城
 所在地 埼玉県深谷市仲田
 交通機関 JR高崎線 深谷駅下車 徒歩10分
 別  名 木瓜城
 略  歴 深谷城がいつ築城されたかは不明だが、庁鼻和城主上杉房憲が築いたとされており、応永23(1416)年の上杉禅秀の乱に際して、本城を庁鼻和城から移している。
これ以後、庁鼻和上杉氏は深谷上杉氏と呼ばれるようになる。 深谷上杉氏は、古河公方方として奮戦するが、北武蔵に勢力を伸ばしてきた北条氏の攻勢に抗しきれず、天正元(1573)年、上杉憲盛は嫡男氏憲に北条氏政娘を迎えて、北条氏の傘下に入った。
天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原の陣では、小田原城に籠城した城主氏憲に代わり城を守っていた秋元長朝と杉田因幡らは、城下の焼亡を恐れて開城した。
徳川家康が関東に入国すると、松平康直が1万石で入城し、その後、松平忠輝が入城した。
慶長7(1602)年、3代城主となった忠輝が、下総佐倉城5万石に加増移封された。
元和8(1623)年、酒井忠勝が1万石で入封するが、寛永3(1626)年に武蔵忍城5万石に転封になり、深谷城は廃城となった。
 現  況 現在、本丸・二之丸は深谷小学校用地となっており、校内に城址碑が立っている。
本丸から東曲輪にかけての間が城址公園として整備され、模擬石垣・土塀が作られて、城址の雰囲気をかもし出している。
唯一、東曲輪及びその周囲の水濠が当時の遺構として残っている。

深谷城址入口碑

深谷城址碑

深谷城址公園
模擬石垣・土塀

深谷城址公園
模擬石垣・土塀

深谷城址公園
模擬石垣・土塀

深谷城址公園
模擬石垣

深谷城址公園
模擬櫓台

深谷城址公園
模擬櫓台

富士浅間社
案内板

東曲輪外堀

東曲輪空堀

東曲輪外堀

東曲輪外堀

東曲輪外堀

東曲輪跡
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