帝國博物学協会
武蔵國
古尾谷館
 所在地 埼玉県川越市古谷上
 交通機関 JR川越線 川越駅下車 東武バス古谷上下車 徒歩5分
 別  名 古尾谷城・古谷城・善仲寺館
 略  歴 古尾谷氏は古谷氏ともいい、入間郡古谷の地を領した鎌倉御家人である。
その出自は瞭かではないが、承久の乱では、古谷八郎が北条泰時の軍に加わり、宇治川の合戦に参加しているとの記述が見える。
時代は降って、貞治元年四月二十日付けの金沢文庫古文書に、古尾谷刑部大輔入道の名が見える。
また、後北条氏の小田原北条役帳には、「伊東内尾形古尾周防」とあるので、古尾谷氏はこの頃まで続いていたのであろう。
なお、善仲寺の開基は、「新編武蔵風土記稿」では、古尾谷氏家臣の仲筑後守資信と記されている。
 現  況 輪郭式館址と伝わるが現在城址一帯は住宅地となり、往時の面影を探すことができない。
館址には善仲寺が建立されている。
2005/05/06加筆
前回探しきれなかった土塁や空掘を求めて、再び善仲寺を訪れた。
前回の訪問時には、まだ造成中であった山門前は、綺麗になっており、見違えるようである。
今回は手に入れた実測図を片手にの訪城であったため、本堂裏にまわって探索した。
本堂裏にはすぐにそれとわかる土塁が発見された。また、墓地側から覗くと、空掘状の窪地が見える。
そこから侵入すると、見事な二重土塁、空掘が残されていることがわかった。
この堀は、内堀にあたり、水濠であったようで、現在でも水分を多く含んでいる。
  堀は、本堂・庫裏の北側から東側にかけてよく残っている。
外堀は、既にコンクリートの水路になっているが、山門南西の一角だけは、かつてのままに残されている。
なお、今回写真は全て入れ替えました。

古尾谷館址
善仲寺

善仲寺山門

善仲寺本堂

本堂裏の土塁

墓地脇の土塁

墓地脇の空掘

土塁

土塁と中掘

土塁と中掘

土塁の括れ

北側内堀

北側内堀

庫裏裏の土塁

庫裏裏の空掘
と土塁

東側空掘

庫裏裏の空掘

西側外堀

北側外堀

南東角外堀

山門南東の外堀

山門南東の外堀
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