帝國博物学協会
武蔵國
花崎城
 所在地 埼玉県加須市花崎1
 交通機関 東武伊勢崎線 花崎駅下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 花崎城は鷲宮の栗原城の支城として築城された。
城主細萱氏は小田原北条氏の家臣で、永禄4(1561)年、長尾景虎の小田原城攻撃・関東管領就任に際し、家臣木戸民部少輔は鷲宮の栗原城を抜き花崎城に迫った。
この時城主光仲は小田原城に詰めており、11歳の嫡男泰秀が奮戦したが落城した。
その後、再度北条方に奪還され、豊臣秀吉の小田原の陣後に廃城になったと思われる。
 現  況 現在、本丸・馬出しが花崎城山公園として整備されている。
本来はかなり大規模な平城であったと想像されるが、現在では宅地化により多くの遺構が破壊されてしまっている。 東武伊勢崎線もこの城址を横切るように通っており、城山公園とは線路を挟んで反対にある城址公園もかつての曲輪跡である。
本丸周辺は土塁・空掘・水濠などが非常に良好な状況で残されている。案内板には城址としてよりも弥生期の遺跡として多く紹介されており、標柱も「花崎遺跡」と表示されている。

花崎城址公園

城址公園土塁

城址公園外縁

花崎遺跡標柱

本丸南面空掘

本丸南面空掘

本丸跡

本丸北面水濠

本丸北面水濠
と土塁

馬出と水濠

本丸・馬出間の
水濠

馬出

馬出と水濠

土橋

馬出と
西面水濠

馬出と
北面水濠

馬出と
南面水濠

本丸・馬出間の
水濠と木橋

本丸南面空掘

土塁

本丸跡

本丸南面空掘

本丸北面土塁
と水濠
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