帝國博物学協会
武蔵國
比企氏館
 所在地 埼玉県比企郡川島町大字中山1198
 交通機関 東武東上線 東松山駅下車 東武バス上中山下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 戦国期、松山城主上田氏に仕えた比企氏の館址である。
比企氏で知られているのは、将軍源頼家の義父になることで力を得た、鎌倉期の比企藤四郎能員であるが、建仁3(1203)年の比企氏の乱で北条氏によって滅亡したと言われている。
いずれ傍流ではあろうが、比企氏は戦国期まで命脈を保ち、天正の頃には政員がこの地に館を構え、以後則員、義久、重員、久員、稚久と続いた。
なお、金剛寺は比企左馬助則員によって中興されたと伝わっている。
 現  況 館址は金剛寺境内となっており、寺の背後には空掘がよく残っている。
規模からすればそれ程大きなものではなく、いくつかの小さな空掘で区切った館であったかもしれない。
大日堂の背後に、空掘を隔てて比企氏代々の墓が並んでいるが、この空掘が往時のものなのか、墓地を守るために後に築かれたものか、判別する事ができない。

金剛寺山門

金剛寺本堂

金剛寺大日堂

墓の前の空掘

墓の前の空掘

比企氏累代墓

金剛寺背後の
空掘

墓の前の空掘
(東端)
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