帝國博物学協会
武蔵國
広谷南城
 所在地 埼玉県川越市下広谷
 交通機関 東武東上線 若葉駅下車 バス 観音堂下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 この城の歴史は全く不明であるが、武州平一揆と何らかの関係があるという説がある。
大堀山城を中心に、土地の土豪などが居を構えたものと想像される。
 現  況 城址は非常にわかりにくい場所に存在している。
「日本城郭体系」に記されている「某館(2)」と中田正光氏の「埼玉の古城址」の「広谷南城」は、その縄張り図から見ても、異なった城としか思えず、別の城としてみることとした。その理由は
  1. 日本城郭体系では、某館(2)は大堀山城の東に位置すると記されているが、埼玉の古城址では、広谷北城の南方数百メートルと記されている。
  2. 某館(2)は、輪郭式だが、広谷南城は輪郭式ではない。
  3. 某館(2)は、「北方に諏訪神社」の記述があるが、広谷南城には、そういった記述はない。
  4. 某館(2)付近には滝沢氏宅はない。
といったものである。
となると、「新編武蔵風土紀稿」の「下広谷村、古跡三ヶ所」が、「古跡四ヶ所」ということになるが、これについては、専門家の見解にお任せしたい。

城址の現況は、中田氏の書かれた頃より、空堀や土塁の明瞭さは欠けているが、それでも、非常に良好な状態で遺構を確認できる。
広谷北城ほど明瞭の遺構ではないが、4つの曲輪遺構は何とか確認できる。 本丸虎口の部分には物置が建っているが、明らかな空掘り遺構が確認できる。

東曲輪北曲輪
間の空掘

東曲輪北曲輪
間の空掘近景

東曲輪北曲輪間
の空掘と北曲輪

東曲輪北曲輪
間の空掘

東曲輪北曲輪
間の空掘

東曲輪北曲輪
間の空掘

東曲輪

南曲輪

南曲輪本丸
間の空掘

南曲輪本丸
間の空掘

南曲輪本丸
間の空掘

本丸虎口空掘

本丸虎口空掘

本丸空掘
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