帝國博物学協会
武蔵國
油井城
 所在地 埼玉県加須市油井ヶ島
 交通機関 東武伊勢崎線 花崎駅下車 徒歩60分
 別  名 鐘撞山・油井ヶ島城
 略  歴 武蔵風土記稿には、猪俣小平六則綱の城址と伝わると記されているが、戦国期の城址であることは間違いない。
私市城の支城としての役割を果たしていた。
永禄6(1563)年、上杉謙信の武州松山城救援が失敗に終わり、転じて私市城を攻撃した。
油井城も攻撃を受け、城将小田頼興は良く守ったが、衆寡敵せず上杉軍により落城した。
鐘撞山の名前は、敵の接近を私市城へ鐘を撞いて報せた事に由来すると言われている。
 現  況 遠くから見ると、こんもりとした小山のように見えるが、現在でも城址の周囲を水濠が廻っている。
城址は現在でも民有地であり、上氏が住まれている。
近所の方の話によると、戦中・戦後までは、大きな御殿のような屋敷が建っていたそうであるが、現在では残されていない。

鐘撞山標柱

城址水濠

城址西面水濠

北面水濠

鐘撞山と水濠

西面水濠

内濠

北面水濠

上氏宅門

南東面遠望

南東面遠望

南面と鐘撞山
遠望

外郭と見られる
土塁

外郭と見られる
土塁

南面土塁(近影)

鐘撞山南面

鐘撞山遠望

鐘撞山北面水濠
Top