帝國博物学協会
武蔵國
雉岡城
 所在地 埼玉県本庄市児玉町八幡山
 交通機関 JR八高線児玉駅下車 徒歩10分
 別  名 八幡山城
 略  歴 戦国時代、山内上杉氏の居城として築かれた。しかし、地形が狭く拡張できないため上杉氏は本城を上州平井城に移し、家臣夏目定基に守備させた。
永禄年間、小田原北条氏が進出し、北条氏邦が攻略、鉢形城の属城となった。
天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原の陣において、北国軍を率いた前田利家によって攻略された。
戦後、徳川家康が関東に入国すると、松平(竹谷)家清が1万石で封じられた。
慶長6(1601)年、松平氏は関ヶ原合戦の功で三河吉田城3万石に加増転封となり、雉岡城は廃城となった。
 現  況 現在、本丸・二之丸・三之丸・北曲輪・東曲輪址は児玉中学校・児玉高校の敷地となっているが、本丸・三之丸・北曲輪・東曲輪の土塁は良く残っている。
また、南曲輪は城址公園として整備されており、その周辺には掘・土塁・馬出・大手門跡などがよく保存されている。

南曲輪土塁

南曲輪土塁
と水濠

雉岡城址碑

南曲輪土塁

大手門跡

三之丸土塁
と堀・泣き石

本丸土塁と水濠

本丸土塁と水濠

本丸土塁と水濠

三之丸土塁

本丸土塁

東曲輪跡
と土塁

東曲輪土塁

東曲輪堀跡

北曲輪土塁
と水濠跡

北曲輪土塁
Top

【運営会社「パラダイムシフト」サービス】

無料ホームページ   携帯ホームページ   無料ホームページ作成   レンタルサーバー   ブログ   ホテル   アンドロイド   評判   Timesell   格安国際電話   宿泊料金比較