帝國博物学協会
武蔵國
越谷館
 所在地 埼玉県越谷市御殿町
 交通機関 東武伊勢崎線 越谷駅下車 徒歩15分
 別  名 会田出羽屋敷/越谷御殿
 略  歴 この地に館が築かれたのは鎌倉期で、古志賀谷氏による。
その後、この館に入った会田氏は信州会田郷に住し、小笠原氏の家臣であったが、武田信玄の侵攻により小笠原氏が敗退すると、会田将監幸久は越谷に移住し、北条氏に仕えた。
天正18(1590)年、北条氏が改易になると、会田氏は越谷の館に隠居した。
徳川家康が関東に入封すると、領内各所に鷹狩用の御殿を造った。この要請により、会田氏も屋敷地の一部を越谷御殿として提供した。
その後家康・秀忠らが鷹狩でしばしば訪れている。
明暦3(1657)年、明暦の大火で江戸城が焼失したため、越谷御殿を江戸城二之丸に移築し、越谷御殿は廃止された。
一方、会田氏は資勝が秀忠に小姓として仕えたのを契機に幕臣となり、埼玉郡内で500石を給されて幕末に至った。
 現  況 館址は御殿町一帯であるが、遺構は残されていない。

館跡付近

館跡付近

館跡付近

堀の役割を
果した中川
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