帝國博物学協会
武蔵國
高谷砦
 所在地 埼玉県比企郡小川町高谷字城山
 交通機関 東武東上線 小川町駅下車 国際バス 前高谷下車 徒歩5分
 別  名 高谷城
 略  歴 「新編武蔵国風土記稿」には、「金子氏の人住せしと云」とあり、「青木家家譜」では「治承4(1180)年8月17日、金子十郎兵衛忠成が籠城した」と伝えている。
双方とも武蔵七党村山党金子氏との関連を示唆している。
また、「太田道灌状」に「太田道灌、文明12年竹沢と高見の間に在陣、長尾景春を敗走させ高見在陣衆を置く」とある地として推定されている。
戦国期には、松山城上田氏の支城として上野方面の押さえとして維持されたと考えるのが妥当であろう。
 現  況 砦址の南側を、国道245号線が貫いている。
砦址への登り口がわからず、国道を右往左往、国道にかかる陸橋を越えたところには民家があるが、天敵のお犬様がワンワンと吠えまくり…という事で直登を敢行した。
途中腰郭のような平場や切岸が見られた。
藪を掻き分けて進むと、細い道に出たので、北東方面に進むと、竪掘らしき遺構を発見しまたまた直登、遂に「埼玉の古城址」の縄張図の三郭と主郭の間の堀に出た。
砦は北から三郭・主郭・二郭の三つの郭からなり、土塁・空掘・土橋・虎口などがよく残っている。
特徴的なのは、主郭から三郭に突出して主郭虎口の土橋に横矢をかけている部分である。
また主郭と二郭の間には、1メートルを越える空掘が良く残されている。

高谷砦遠望

腰郭?

二郭横掘

竪掘

二郭土塁

二郭土塁

二郭土塁と空掘

主郭・二郭間の
横堀

主郭横矢部

主郭・三郭間
の空掘

主郭虎口と
土橋

主郭・三郭間
の空掘

主郭切岸

竪掘(主郭・三郭
間の堀から)

腰郭切岸
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