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| 所在地 | 埼玉県鴻巣市箕田 |
| 交通機関 | JR高崎線 北鴻巣駅下車 徒歩10分 | 別 名 | 武州松山城 |
| 略 歴 |
箕田源氏、源仕が、武蔵守に任じられて、本拠を構えたとされるのが、この館址である。 仕は、武蔵守を退任するとそのまま土着し、延喜19(919)年、新任の国司、高向利春と対立している事が、扶桑略記に記されている。 また、仕は六孫王経基(源経基館参照)に仕えて、平将門や藤原純友と戦い、大功をあげている。 |
| 現 況 |
館址は、箕田2号墳南方の氷川神社社務所跡地を中心とした付近と言われているが、あくまでも「伝」付きの館址なので、特に遺構は残されていない。 また、社務所跡地には、既に民家が建築中であった。 箕田2号墳の案内板には、古墳南方が箕田館址であるといった記述がある。 |
![]() 箕田2号墳 |
![]() 箕田2号墳 |
![]() 箕田館方面を 望む |
![]() 箕田古墳群 案内板 |
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