帝國博物学協会
武蔵國
水判土城
 所在地 埼玉県さいたま市西区水判土
 交通機関 JR大宮駅下車 西武バス水判土下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 平安時代開創された慈眼寺は、岩付城太田氏の厚い庇護を受けていた。
水判土城が誰によって築かれたかは不明だが、太田氏によって築かれたと見るのが自然であろう。
そのため、永禄5(1562)年、北条氏によって攻撃を受け、慈眼寺と共に焼討ちを受けている。
 現  況 慈眼寺及び周囲の地となり、遺構は残っていないが、舌状台地の先端に築かれた城の地勢が確認できる。

慈眼寺山門

慈眼寺本堂

慈眼寺城址

台地端の竹薮

台地端の竹薮
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