帝國博物学協会
武蔵國
中城
 所在地 埼玉県比企郡小川町大塚字中城
 交通機関 東武東上線 小川町駅下車 徒歩10分
 別  名 猿尾城
 略  歴 鎌倉時代、猿尾太郎直種が築き、室町期には斎藤六郎尉重範が居城したと伝わっている。
文永6(1269)年、仙覚律師が記した「万葉集注釈」に「武蔵国比企郡北方麻師宇郷政所」と記されており、その比定地をこの中城とする説が有力である。
城としての中城は、その後の戦国期まで利用され続けたと考えられる。
 現  況 城址は小川町駅に程近い八幡台の岡上にある、単郭の城郭である。
城への登城口は、宮崎医院の裏手から登るコースと星雲酒造側から登るルートの2種類がある。
城の中央はテニスコートになっており、その周囲に高さ1〜2メートルの土塁が周囲を廻っている。
櫓台のの高さは3〜4メートルあり、その外には、台地と切り離す役割を担った、比高5〜6メートルの空掘が残されている。
櫓台の横は虎口で、ここに空掘を斜めに横切るような木橋が掛けられていたと考えられる。櫓台からはこの木橋に向けて横矢がかけられている。
城址を明確に示す石碑などは無いが、仙覚律師の碑の案内板に、その辺についての大まかな概略が記されているにすぎない。

中城虎口

虎口脇の土塁

櫓台

土塁と南西虎口

仙覚律師碑

北側土塁

北側土塁と
空堀

西側空掘

西側空掘と
櫓台

西側空掘

南西側虎口
付近

郭内

櫓台西土塁

櫓台から見た
南西側空掘

南西虎口

中城址案内標識
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