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| 所在地 | 埼玉県東松山市下野本 |
| 交通機関 | 東武東上線 東松山駅下車 東武バス五領下車 徒歩20分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
野本氏系図(「尊卑分脈」)によれば堀川院の滝口、片田基親の子基員が野本の地に居住し野本左衛門尉を称した。 基員以後、下河辺政義の子で養子に入った時員が野本氏を継ぎ、能登守を称した。 また、延喜15(915)年、鎮守府将軍藤原利仁がこの地に館を構えたとも言われている。 |
| 現 況 |
館址には無量寿寺が建っている。 寺の本堂裏に、一際高い土塁が残っているが、墓地の拡張などで数メートル残されているに過ぎない。 その外側に二重土塁の外側の土塁がかろうじて判別でき、この土塁は、寺の北側のを廻っている。 西側の土塁は、国道の拡幅工事で失われてしまった。 |
![]() 無量寿寺 |
![]() 野本氏館標柱 |
![]() 無量寿寺本堂 |
![]() 土塁 |
![]() 土塁北面 |
![]() 土塁北面 |
![]() 外側の低土塁 |
![]() 外側の低土塁 |
![]() 外側の低土塁 |
![]() 外側の低土塁 |
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鎮守府将軍藤原利仁を祀る利仁神社を後円墳部にのせた古墳で、埼玉県第二位の大きさを誇る。 利仁将軍の神社を乗せていることから、将軍塚古墳と呼ばれている。 古墳そのものの築造年代は、6世紀頃と言われている。 |
![]() 将軍塚古墳碑 |
![]() 登り口の鳥居 |
![]() 後円部 |
![]() 利仁神社本殿 |
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