帝國博物学協会
武蔵國
岡部城
 所在地 埼玉県深谷市岡部町普済寺
 交通機関 JR高崎線 岡部駅下車 徒歩15分
 別  名 -
 略  歴 平安末期、猪俣党の猪俣政家の弟忠綱が岡部に住し、岡部氏を名乗ったのが岡部氏の始まりである。
この忠家の孫が、源平の戦いで有名な岡部忠澄で、寿永3(1184)年の一の谷の合戦で、平忠度を討ち取り、頼朝から忠度の旧領を与えられた。この忠澄の館が岡部城の始まりである。
その後、戦国時代の康正元(1455)年、上杉房顕は深谷城の北の守りとしての岡部城を重要視し、家臣の長尾景仲に守らせた。
対する古河公方足利成氏は、二度にわたって岡部城を包囲・攻撃したが、攻略することができなかった。
 現  況 岡部城の遺構としては、忠澄墓地の近くに土塁が数メートル残されているに過ぎなくなっている。
また、櫓台遺構と思われる稲荷神社が普済寺付近に存在しているのみである。

普済寺山門

岡部城土塁

岡部城櫓台

岡部城櫓台

岡部城櫓台

岡部城櫓台

普済寺遠望

岡部忠澄墓
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