帝國博物学協会
武蔵國
領ヶ谷城
 所在地 埼玉県さいたま市南区太田窪
 交通機関 JR京浜東北線 南浦和駅 国際興業バス 善前下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 源平の頃に佐々木盛綱が、軍兵催促のために拠ったといわれている。
戦国期になると岩付城太田氏の属城として、小田原の北条氏に対峙したと言われている。
 現  況 現在幸楽園という割烹うなぎ店が建っているあたりが城址。
県道37号線沿いに幸楽園の大きな看板が立っており、その看板にも「旧領ヶ谷城址」と表示されているのでわかりやすい。
幸楽園背後は崖地となっており、崖下に土塁と曲輪跡が残されている。付近を歩いてみたが、明瞭な空掘跡は発見できなかった。

城址遠望

領ヶ谷城址
案内看板

天満神社

土塁

腰曲輪

城址背後崖地
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