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| 所在地 | 埼玉県幸手市中町1 |
| 交通機関 | 東武日光線 幸手駅下車 徒歩5分 |
| 別 名 | - |
| 略 歴 |
城主一色頼氏は管領一色氏の分家筋で、古河公方足利氏の最前線として幸手に城を築き、上杉氏と対峙した。 文明3(1471)、長尾景信・太田資忠は一色範氏の守る高野城・幸手城を落として、古河城をも落とした。 天正2(1574)年には、上杉謙信が古河・幸手・菖蒲・岩附などの諸城を焼き払っている。 天正18(1590)年、小田原の陣後、一色氏は幸手城から退去して廃城となった。 なお、一色氏はその後徳川氏に仕え、幸手領で5160石余の領地を与えられている。 |
| 現 況 |
城址は江戸時代後期にはすでに堀・土塁が失われて畑となっていたらしい。 現在では幸手駅前の商店街・住宅地となって当時の面影は失われている。 城址案内板は館址の巽方向に祭られていたといわれる、陣屋稲荷の一角に立っている。 |
![]() 陣屋稲荷遠望 |
![]() 陣屋稲荷遠望 |
![]() 陣屋稲荷と 幸手城案内板 |
![]() 陣屋稲荷 |
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