帝國博物学協会
武蔵國
武田信俊館
 所在地 埼玉県比企郡小川町上横田
 交通機関 東武東上線 小川町駅下車 国際バス上横田下車 徒歩5分
 別  名 横田館
 略  歴 武田新十郎信俊の館址。武田信俊は甲斐武田氏の庶流で武田氏滅亡後、徳川家康に仕えた。
父信実は武田信玄の弟で、川窪姓を称し、三河長篠の戦いで戦死した。
天正18(1590)年、徳川家康が関東に入封すると、信俊も関東に移り、一旦尾この地に居を構えたが、翌19年には金久保城に陣屋を構え、ここを本拠としたた。
信俊は館址に輪禅寺を建立し、父信実の供養と武田一族の菩提寺とした。
なお、信実がこの地に居館を構えた時は、川窪姓であったことから、本来は川窪信俊館とすべきなのかもしれないが、「埼玉の中世城館跡」などにも武田信俊館と記されているため、その記述に従った。
川窪氏が武田氏に復したのは、寛文4(1664)年、代は信貞の頃の事であった。
 現  況 館址は、輪禅寺になっており、本堂背後に土塁らしき土盛が残されている。
地形的には台地端にあたり、往時はその横の民家も含めて館であった可能性が高いと思われる。
館下に水路があるが、勿論これが往時のものとは考え難いが、一点気になったのは、民家裏手に空掘のような窪地があることである。
民有地なので、勝手に入れないため、調査はしていないが、どうしても空掘のような気がするのは、気の所為であろうか。

輪禅寺山門

輪禅寺本堂

本堂裏の土塁

本堂裏の土塁

本堂裏の土塁

武田家墓所

空掘(?)遠望

空掘(?)近景

台地下の水路
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