帝國博物学協会
武蔵國
対馬屋敷
 所在地 埼玉県北本市深井4
 交通機関 JR高崎線 桶川駅下車 朝日バス 丸子下車 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 岩付城太田氏の家臣で鴻巣七騎の一人、深井対馬守景吉がこの地に屋敷を構えたと伝わる。
深井対馬守は太田氏資に仕えて小田原北条氏に対抗したが、太田氏が北条氏の輩下となると、天正18(1590)年の北条氏滅亡まで北条氏に仕えた。
北条氏が滅亡して徳川家康が関東に入封すると、景吉は忍城に入城した松平忠吉に仕えて深井村の開発に尽力したと言われている。
 現  況 新編武蔵風土記稿には、上深井村・下深井村の条に、小名「堀ノ内」について、「古へ深井対馬守が居住せし所なり、一に対馬屋敷といふ」とある。
現在堀ノ内の地名が残されていないため、明確な所在地はわかっていない。北本市史ではGHQの航空写真で寿命院周囲を低湿地が廻っている事からその推定地としている。
現在では周囲に人家が建っており、明確な低湿地を探す事ができなかった。

対馬屋敷址遠望

延命寺山門

延命寺境内

低湿地跡(?)
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