帝國博物学協会
武蔵國
上杉館
 所在地 埼玉県熊谷市江南町千代
 交通機関 JR高崎線 熊谷駅下車 国際十王バス 小原十字路 徒歩10分
 別  名 -
 略  歴 天正18(1590)年、深谷城上杉氏は後北条方として参戦した。
城主氏憲は小田原城に籠城していたが、小田原城の開城後、上杉氏は深谷城を開城し、嫡男憲俊と共に信濃大豆島に移転した。
その後、三男憲成がこの地に移り、上杉館を築いて小久保氏を名乗り居館した。
後に氏憲もまたこの地に移り、寛永14(1637)年にこの館で死去している。
現在でも上杉氏は、近郊の字北方に居を構えている。
 現  況 千代交差点西側一帯が上杉館であるが、遺構は非常にわかり難い場所に残されている。
東側の土塁と空堀は、道路より奥まった竹林の中に残されているが、往時はかなり大規模な土塁と堀であった事が容易に想像できる。
館の西側は、ベンチのある休憩所の道を挟んだ反対にある、小さな祠の乗る土塁である。
館内の一角には、氏憲の石塔婆と上杉氏歴代の墓地があり、その墓誌に館の事が記されている。

西側の祠と
土塁

上杉氏墓誌

上杉氏墓地

東側土塁

東側土塁と
空堀

東側土塁

北側空掘

北側空掘

東側土塁
(郭内側)

東側土塁遠望
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