帝國博物学協会
陸奥國
大光寺古館
 所在地 青森県平川市大光寺
 交通機関 弘南鉄道弘南線 平川駅下車 徒歩25分
 別  名 -
 略  歴 大光寺古館の築城時期については不明であるが、建保5(1217)年、平広忠が地頭代として入部した時に遡ると考えられる。
広忠は、曾我氏を名乗りこの地で勢力を広げ、後に岩館に分家を置いた。
元弘3(1333)年、後醍醐天皇に与した足利尊氏は、鎌倉の執権北條得宗家を滅ぼした。この時、難を逃れた安達高景・名越時如が落ち延びてきた。
時の大光寺城主は曾我道性であったが、彼らを受け入れたが、一族の岩館曾我光高はこれに反発した。
南北朝期になると、大光寺曾我氏は、南朝方として朝廷の支援を受けた岩館曾我光高らに攻撃され、大光寺城を支える事ができずに石川城に逃れたが、ここでも支えきれずに、遂に曾我本家は滅亡した。
代って大光寺城を支配したのは、岩館曾我氏であったが、この時をもってして大光寺古舘は、一旦廃城となったと考えてよいであろう。
 現  況 大光寺古館は、保食神社境内を含む三角形の形であったと言われている。
現在は殆どが農地に成っており、残念ながらそれらしき遺構を見ることができないが、城内側が高くなっている事が良く分かる。
また、畑の間に堀跡と思わせる窪みも残されているが、これが本当に堀であるのかは、判断に迷うところである。

保食神社

保食神社参道

保食神社拝殿

堀跡か?

奥側が城内
(高い)

奥側が城内
(高い)
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