帝國博物学協会
陸奥國
石名坂館
 所在地 青森県黒石市石名坂字館
 交通機関 弘南鉄道黒石駅下車 弘南バス石名坂下車 徒歩5分
 別  名 -
 略  歴 文治5年6月、奥州藤原氏滅亡の時、家臣佐藤庄司基治が逃れてきてこの地に住したと言う。
基治はこの地に、かつての領地と同じ「石名坂」と名付けた。南北朝期には、浅瀬石城千徳氏から石名坂左近に小四郎久清が嗣子として入っている事から、この頃既に石名坂を氏として、千徳氏の指揮下に入っていたようである。
戦国期になると、石名坂近江正長が館主となり、度々合戦に出陣し、手柄をたてている。
文禄3(1592)年8月、千徳政康が大浦為信との手切れした際には、政康の代理として大浦城に使いして、為信に向かって従わない旨を伝えている。
大浦為信が自ら軍勢を率いて、浅瀬石城攻めを開始すると、城方として奮戦し、討ち死にしている。
石名坂館は、この敗戦によって主を失い廃館となったと考えられる。
 現  況 館址は、石名坂の稲荷神社付近と言われている。
確かに稲荷神社付近が一番当時の面影を残しているように思われるが、個人的な見解ではあるが、神社境内からその南東側一帯が館であったと考えている。
残念ながら、その辺りは集落となっているため、めぼしい遺構は見られないが、東側の水路に沿ってかなり高くなっている事からも、容易に想定できる。

神社西側

神社西側

稲荷神社への
階段

稲荷神社境内

外縁部

神社縁起

神社北東側

神社東側

水路沿いの状況

水路沿いの状況
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